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私がそれを望むから  作者: 未鳴 漣
第一章「魔女になる覚悟」
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2‐6 笑い話

 思い立ったが吉日ということで、スランは翌日の調査を許可してくれた。一晩を越して昼食を終えたあと、仕事の合間を見て四人は祠へ向かうことになった。スランとジーノは厳かな面持ちで、エースだけがはつらつとして墓地の脇を通り抜ける。


 その足取りにスランがため息をついた。


「年々、ケイに似てきているよ。お前は」


「ケイ先生の冒険癖まで似てきたら、お兄様はいつかこの村を飛び出していってしまうかもしれませんね」


 ジーノも頬に手を当てて肩を落とす。最後尾を歩いていたソラが彼女に聞いた。


「ケイ先生って? これまでの会話でたびたび耳にした名前だけど」


「お兄様のお師匠様です。医者であり薬師でもあり、ほかに世界を旅する冒険家としての顔も持つ、高名な魔術師なのです」


「魔術……っていうと、魔法とは違うものなんだよね?」


 ソラの視線を受け、エースが頷く。


「この国では主に薬学を指しますが、それ以外の分野でも幅広く応用が利く学問です。魔力に依らず、自然のものを手ずから組み合わせて新たな物質を生み出す技術、とでも言いましょうか」


「聞けば聞くほど科学っぽい感じだな。しかし薬学ってことは、エースくんは調剤的なこともできるんだ?」


「一通りは」


「はぁー、すごい。エースくんがミュアーちゃんの怪我を治療したとも聞いたし、つまりお医者さんであり薬剤師さんなんだね」


「俺は医者ではありません。魔法施術士の資格はありませんので」


 エースは急に真顔を作ってうつむいた。彼の言葉は謙遜というより、苦し紛れに絞り出したように聞こえた。その落差にソラは心臓をドクリとさせ、冷静に発言を改める。


「ごめん、言い方が悪かったかも。私のいた世界では怪我や病気を治してくれる人全般を医者っていうんだけど、もちろん魔法はないから、体の悪い箇所をナイフで直接切ったり、傷を針で縫ったり。診断を下すのも治療するのも、予後の観察だってお医者さんのお仕事で、病気に効くお薬を処方したりもします。そういう基準に照らし合わせて、エースくんはお医者さんですか?」


「それであれば、俺も医者と呼ばれる立場にあるかと思います。体質的に至らない点が多いですが……」


「医者に向かない体質?」


「あ……、えっと……」


 言い訳を探して、エースはしばらく黙り込む。


「俺は、その。体調が悪くなるとかあまりなくて。風邪も引いたことがないので、患者さんがどんな具合で苦しんでいるとか、察するのが苦手なんです」


「お医者さんが健康優良なのはいいことじゃん。どういう顔してたら具合が悪いとかは、患者さんをたくさん診て経験で覚えていけばいいのでは?」


「そう、ですね……。ええ、そのように努力していきたいと思います」


 ソラのフォローにエースは表情を軽くした。どうにか地雷を踏まなくて済んだようだ。ソラがひと安心していると、スランが明るい口調で言った。


「でも、エースも一度だけ具合を悪くしたことがあったよね」


「そうでした。あれは夏祭りの時……」


「何それ。詳しく聞かせてください」


 興味津々のソラにジーノも加わって話が広がる。


「例年、夏の祭りでは食事を振る舞っていたのですが、気温のせいで一部の食材が痛んでしまい、気づかず調理したものを食べた方々が次々と寝込むことになってしまったのです」


「それ集団食中毒じゃん……」


「村のほとんどが数日寝たきりになってしまって、あの時は本当に大変でした」


 食あたりの症状としては、発熱、腹痛、下痢、嘔吐が挙げられる。村はさぞ凄惨な状況であったろう。ソラは腹を押さえて当時の人々に同情した。


「そ、それでさすがのエースくんも体調を崩しちゃったのか」


「はい。と言っても、少し気持ち悪いかな、というくらいでしたが」


「スコシキモチワルイ? 村の人はみんな寝込んだのに、キミはそれで済んだの?」


「そうです」


 エースはこともなげに頷く。ソラはジーノの方に顔を向け、


「ちなみにキミは?」


「平気でピンピンしていました。私もお食事はいただいたはずなのですけど」


「胃がお強い~」


「エースとジーノが看病を頑張ってくれなかったら、この村は全滅していたかもしれないんです。アッハッハ」


「スランさん? そんな朗らかに言うことじゃありませんよ? 後遺症とか重いと大変だって聞きますし……」


「結果として助かったので、今となっては笑い話ですよ」


 スランの笑い声をさらうように冷たい風が吹いた。

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