end‐1「青く晴れた空の下で」
南北の極島で帳が閉じ、地の軸は消え去った。
両の島はすり鉢状だった地面をゆっくりと隆起させ、中央部に小高い山を戴く地形に変貌を遂げた。小刻みで長く続いた地震により東ノ国の拠点は半壊の被害を受けたが、命を落とした者はいなかった。
北極島では、振動が止まらぬ中でマキアスたちが身を低くして自身を守っていると、いつの間にかナナシが戻ってきていた。騎士たちは慌てて彼を拘束し、宿借りを生け捕りにする任務を果たした。
南極島では振動がやんだあと、十分な時間をとって地形が完成したのを確認した。揺れに混乱してジーノとエースはすっかり涙を引っ込めていた。夜空には雲ひとつなく、澄んだ暗闇に星々が瞬いていた。平穏無事な光景に、兄妹はソラが使命を遂げたのだと知った。
「ソラ様、ご立派です……」
ジーノが天を仰ぎ、きっとソラが望んだであろう言葉をかけた。
ユエも同じように夜空を見上げていた。キンと冷えた空気に頬を打たれ、彼女は気を引き締めてきびすを返した。
「……帰りましょう」
兄妹もそれに従い、帳が消えた先に一礼をしてその場を去る。
最後まで動かなかったのはセナだった。彼は指先を小刻みに震わせながら腰に手を伸ばしたが、それをホムラが止めた。
「自分を殺すんは今やない。アンタは崇子様に思いを託されたのやから、死ぬんはどうしても応えれんで進退きわまった時にしとき」
「……」
少年は何も言わなかったが、思い直したように手を引いた。そして兄妹に倣い、深々と頭を下げてから撤収の列に続いた。
青く暗い空にはカンロ号の遠吠えがよく響いた。
しかして、ついに世界の救済は叶った。
その後始末であるが、まず宿借りは大陸へ移送され、王国の法に従って死刑を言い渡された。しかし、首を吊るのを待たずにナナシは獄中死した。噂によればジョンが手を下したとのことだが、真相は一握りの騎士しか知りえない秘密とされた。
同時期に看守一名がひどく心身を患い除籍処分となったが、関連性は取り沙汰されていない。ジョンは最後まで悪びれることなく、絞首により処された。
ツヅミは大陸への出入りを永久に禁止され、北極島での行動を鑑みて朱櫻の家からも追放された。
元来、彼は誠実な性格だった。幼少に聞いた聖霊族の昔話を我が事のように受け止め、義を果たすべきとの思いが強かった。大陸を咎め、魔女と聖霊族の地位を回復すべしと少年期から訴えていたそうだ。
大人は最初こそ彼の理想を褒め賛同したが、いざツヅミが真剣だと知ると眉をひそめた。大社の他家は国益が優先で、国を統べる御上もその方針に異は唱えず、ユエさえも当時は周囲と同じ姿勢だった。
己の主にも志がないと知り、ツヅミはひどく衝撃を受けた。その絶望と失望は大きく、現在に至るまでずっと心を抉ってきた。彼はいつしか他人を信用せず期待もしなくなった。
ユエが改心したのは娘の誕生がきっかけだった。我が子に誇れる自分でありたいと心を入れ替え、過去にツヅミの期待を裏切ったことを悔やんだという。彼を連れて大陸を行脚したのは償いのつもりで、聖霊族の献身に報いる意志を示す意味もあった。
だが悲しいかな、その時点でツヅミの人間不信は嫌悪へと変わり果て、破滅願望に囚われていた。結局のところ彼女は最後までツヅミの信用を得られず、彼の秘めたる願望を見抜くこともできずに暴走を許してしまったのだった。
ツヅミは朱櫻を追われたその後、しばらくは燕樹で暮らしていたらしい。だがある日、一切合切を放棄し身ひとつで姿を消した。以降、彼の行方はようとして知れない。
ジーノたちも帰郷後は忙しかった。最もソラに近かった二人は旅の始終を証言するよう王国と東ノ国から求められ、王都で両者の検証官に全てを語った。ソラと別れてから最初の五年間はソルテ村にいないことの方が多かったくらいだ。
他方、両国交渉の発起人であるユエの多忙はその比ではなく、魔女と聖霊族の地位回復を取り付けた頃には黒い髪が真っ白になっていた。ともあれユエの努力は実を結んだ。東ノ国の提案は王国にとっても渡りに船で、計画通り魔法院が歴史をねつ造した旨を告発した。そしてこれを契機に、院を国政から排除するに至った。
ちなみにツヅミが宿借りから取り上げ保管していたソラの左腕だが、大陸で魔女の真実が受け入れられるまでは東ノ国で預かる取り決めとなった。




