2‐5 調査うかがい
子供たちと分かれてエースは村の仕事に戻り、ソラはジーノに頼んで教会周辺の手入れを手伝わせてもらえることになった。
聖域へ行く途中には左方向に分岐する道があり、その先は村の墓地となっていた。小さな敷地に、これまた小さな墓碑がいくつも立ち並んでいる。
この世界では例外なく、遺体は火葬される。肉体が残ったままでは人間さえも魔物となり、人を襲うからだ。魔物よけの結界内であれば土葬も叶うが、その守りにしても脆いもので、昨日のようにいつ何のきっかけで破綻してしまうか分からない。人々が安心して暮らすためには、スランも言ったとおり体を焼いて骨を砕くしかない。その灰を壷に納めて地に埋めることで、死者は初めて安息を得る。
ジーノ曰く、ソルテで教会を預かる者は墓守の役目も負う。今の時期は毎日欠かさず見て回るそうだ。墓石の上に積もった雪を手で優しく払い落としたり、樹木からの落雪によって埋もれてしまったものを掘り起こしたりと、甲斐甲斐しく世話をする。ソラもジーノの所作を真似て、死者をなだめ鎮めた。
薄雲に覆われる太陽が最も高い位置へ来た頃、エースとスランが家へ戻ってきた。昼食が半分を過ぎたあたりで、ソラがスランに尋ねる。
「あの、スランさん。できれば聖域の周辺を調査してみたいのですけど、それって可能でしょうか?」
「調査というと、具体的にどのような?」
「洞窟の中を調べられたらと思ってます」
スランとジーノがぎょっとしてソラを見る。
「なぜ、祠を……」
「ちょっとした疑問がありまして。私があそこから出てきたのなら、来た道を戻れば元の世界に帰れるかも、とか。思ってみたり、しまし、て……」
聞いていたジーノが悲しそうに眉を下げたので、ソラの言葉は尻すぼみになっていった。
スランは食器を置いて小さく咳払いし、眉根を寄せて言った。
「ソラ様。念のため申し上げておきますと、祠というのは私たちにとって冒しがたい神聖な領域なのですが」
「で、ですよね! 申し訳ありません。個人的な興味でこんなことをお願いして、軽率でした」
ソラとて信心が分からないではなかったが、他人の信仰はどこまで踏み込んでいいものか測り難い。宗教を発端とする怒りは時に人の命を奪うと知っている彼女は、すっかり縮こまってしまった。
スランはといえば、ソラの言葉に怒ったわけではなかった。いや、彼女がもし魔法院の研究者だったりしたなら、憤って追い返していたかもしれない。しかし相手が異世界からの訪問者で、使命を帯びるでもない「ただの人」であれば話は違ってくる。ソラは見知らぬ土地へ、そうと望まず迷い込んだのだ。当然、帰りたい故郷もあろう。
「――ですが、ソラ様はそもそも祠の向こう側からいらしたのですし、入る入らないは今更なのかもしれません」
「ええっと。それは祠に入る試みを了承してくださる、と受け取ってよろしいでしょうか?」
「……」
スランは視線を下げ、胸の十字架を握りしめる。
「貴方にも、ご家族はいらっしゃるのですよね……」
「家族ですか? そりゃあ……」
ソラは眉をぴくりとさせ、頷く。
スランは覚悟を決め、顔を上げた。
「私も同行させていただきます。今日は午後も予定がありますので、明日以降に時間を作ります」
「分かりました。わがままを聞いてくださって本当にありがとうございます」
ソラは頭を下げた。その頭頂部に刺さる視線を感じて、彼女は顔をうつむけたまま目だけを上に向けた。
エースがじっとソラを見つめている。
「あの、エースくん? どうかしました?」
「え……あっ、いえ。その……」
まさか自分が声をかけられると思っていなかったのか、エースは心の底から驚いた様子だった。ミュアーから聞いた「普段はぽやっとしてる」という一面はこれだろう。彼はもたもたと両手を握り、左右の親指を回しながら心中を打ち明けた。
「俺としても、ソラ様の提案を興味深く思いまして。自然結界の先を知ることができたのなら面白いなと」
「面白いって……。エース、お前ねぇ」
「お兄様は好奇心が先に出すぎです」
「だってジーノ、魔法院も諦めた聖域の調査だよ?」
「お兄様……」
「まったく、この子ときたら……」
ジーノは呆れて閉口し、スランもやれやれと額に手をやる。
信心深い父や妹とは異なり、エースはソラが祠へ踏み入ることに抵抗はなかった。彼は個人的な心情により神なる存在を人生の規範としていない。その在り方をスランたちが糾せず許すのは、彼らの度量によるものか。あるいは信仰自体にゆとりがあるのか。
いずれにせよ、身内だから見逃せるという話だ。よそ者は滅多なことを言わない方が賢明だろう。ソラは今後も発言に重々気をつけることを心に誓った。