15‐13 人でなしの後悔
ロカルシュたち宿借り追跡部隊は北極島への上陸を目前に控え、東ノ国から乗ってきた船員を拘束した。エクルは着岸を今か今かと待ちかまえ、襲撃の機会をうかがっている。ケイも甲板に出て待機していたが、その表情は硬かった。手すりに肘をつく姿は消沈して見える。
マキアスは全体を見回って仲間の乗組員に指示を出し、戻ってきた。煙草を吹かしながらケイの隣に来て、機嫌をうかがう。
「どうしたよ、先生。具合でも悪いのか?」
「そういうわけではない。ただ少し……自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしてな」
彼女が気に病んでいるのはエースからの手紙につづられた内容である。ソラの不調の原因とその運命。聖霊族の使命と、始まりの魔女がどうして世界を呪ったのか。それら疑問の解明のほか、ナナシは救済が失敗した際の「保険」であるとも明かされた。
「私は間違えてばかりだ」
「祷り様のことかい?」
マキアスは数日前にソラとナナシの正体、二人の関係や因縁を知ってしまった。それだから、ケイは新たに明かされた情報を全て彼に伝えていた。今まさにソラが兄妹と共に南極島へ向かっていることも含めて。
「あの子は自らの意志で死のうとしている。終わりを避けられないと知り、命の使い方を決めてしまった」
「……」
「ソラの決断にどうこう言うつもりはない。己の死と向き合って、その瞬間までどう生きるか。その時どう死にたいかを考え、行動する。それは決して悪いことではない。だが……」
「……いくら何でも若すぎるわな」
ケイは額に拳を押しつけ、悔恨の表情を浮かべる。
船着き場はもうそこだった。
マキアスは煙草の先端にくっつく灰に煙を吹きかけ、吸いさしを海に投げる。
「先生。アンタは自分の義務を果たすしかないぜ」
「分かっている」
マキアスの切り替えが早いのは騎士であるがゆえか。彼は指さしで装備を確認し、「先に行く」。ケイを置き去りに船首へ向かった。
「まったく……。らしくもないな」
ケイとて人の死には何度も立ち会っている。懇意の者も見送ったし、年若い命を救えなかった経験だってある。何もソラだけが特別な事例というわけでもない。それなのに、どうしてこんなにも深い後悔を覚えるのか。
彼女が亡き父と同じ異界の人間だったから?
その属性はさほど重要ではない。ならば、
愛弟子の過去を知ってなお、彼の味方でいてくれたから?
左腕を失ってまでエースを守ってくれた彼女だからこそ、格別なのか。否、ケイはそこまで出来た人間ではない。ノーラにも劣らぬ人でなしが自分以外の誰かを介して他人を評価するはずはない。
「ソラが、私にとってどう都合がいいか……」
彼女だけがケイに与えたもの。それを考えれば答えは簡単だった。
「あの子がいれば、私は正しく罰せられる」
カシュニーでソラに胸ぐらを捕まれ、自分の間違いを責め立てられたとき。咎める者のいない罪を少し償えた気がした。
貴方が悪い。
貴方の行動次第で違う未来があったのに。
傍観も共犯であるのなら、貴方はまさにそれだ。
そうして正当に恨んでくれる相手がいるだけで、こんなにも罪の意識が軽くなる。ソラはケイにとってそういう、吐き気を催す類の「特別」だった。
「むしろ、これで私らしいのかもな」
自分ごとで考えてようやく、ケイはエースの味わってきた地獄の片鱗を見た。外套の襟を掴んで自ら引き下ろし、手すりに頭をぶつける。二人目の悔いを忘れぬよう脳に痛みを打ち込んで、自分の愚かさを罵倒してひとしきりうなだれ――、顔を上げる。
「さて。行こうか……」
金銀の目はひどく冴えていた。




