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私がそれを望むから ―終わりの魔女と死の聖人―  作者: 未鳴 漣
第四章「そして憎悪が果てるとき」
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15‐12 決めたこと

 そりの旅は最後まで順調に進んだ。無人の小屋で一晩を明かし、翌日の夕方には島中の拠点へ到着していた。


 ソラはエースに背負われて階段を上り、出迎えを受けながら建物の玄関をくぐった。二日間の仕事を終えた犬たちも屋内に入り、扉が閉められる。ソラは通路に置かれた長椅子に腰を下ろして、ようやく一息ついた。


「そりに乗ってただけなのにけっこう疲れた……」


「……私もお尻が痛いです」


「そりを引いていた犬たちの方が疲れていそうなものですが、みんな元気ですね……」


 ジーノとエースもソラの両隣に座り込み、力を抜いてぐったりとした。そんな三人の疲労をねぎらいたいのか、カンロたちが膝に顎を乗せて尻尾を振る。くりくりと丸い目の下側に白目をちらりと覗かせ、大きな瞳で上目をつかってくるモフモフ。ソラは身を乗り出してカンロを抱きしめ、その首筋に顔面を埋めた。


「かーわーいーいー。獣臭がクセになる……」


 くぐもった声を上げるソラの隣では、兄妹が毛むくじゃらの頬やら頭やらをわっしゃわっしゃと撫で回していた。三者三様の愛撫に犬たちは上機嫌となり、尻尾の振れが大きくなる。


「お三方とも、いつまでも玄関におるんは寒くてかなわんでしょう。早う外套も脱がはって、続きは火のあるお部屋でどうぞ」


 脱いだ外套をさっさと駐在員に渡し、ユエは火鉢のある部屋へ姿を消した。彼女に倣い、皆が外の装いをといていく。ソラもほとんど肩に引っかけているだけだったトンビと手袋を脱がせてもらい、エースに抱えられて火鉢の前に座った。


 すかさずカンロが横にぴたりとくっつき、ソラはたどたどしく毛並みを撫でる。


「ユエさん。わんちゃんたちとはここでお別れなんですよね」


「いえ。これまでソラ様のそりを引っ張ってきたそちらの、ええっと……カンロ号でしたか。その子は明日からの浅瀬渡りにも連れてくつもりです」


「足下を凍らすとはいえ、軸の麓まで崇子様を負ぶって行くのは現実的やありまへんからなぁ」


 遅れて入ってきたホムラが丹前の袖に手を隠し、肩をすくめながら言う。


「ほんなら崇子様はここでちっさいそりに乗り換えて、他はぼちぼち歩いていこかて朱櫻はんと話しとりました」


 彼は足腰が冷えるのか、誰よりも火に近いところに陣取ってその恩恵を浴びる。濁音のまざった声を上げ、いかにも老人らしく背中を丸めた。


「――という予定だそうです。明日もよろしくね、カンロくん」


「ワン!」


 元気のいい返事にソラはニッコリとして、巻きっぱなしになっているマフラー代わりの手ぬぐいを指先で摘んだ。口元を覆っていたそれを下ろして首を伸ばし、乱れた横髪を指で後ろに流す。頬に落ちる影は照明の加減ではなく、黒化の症状だった。


「ソラ様、お夕食はどういたしますか?」


「薬も飲みたいし、皆さんと一緒にいただくよ」


 ソラはジーノを真正面にとらえ、そう言う。黒化は彼女の首をむしばみ、今や顔の右側にも広がり始めていた。進行が速まっているのは見れば明らかだったが、


「分かりました。今日も是非、ソラ様のお話をお聞かせくださいね」


 心の内に何ら葛藤を抱くこともなく、ジーノは微笑んで返した。そこに犬がクンと声をかけてきたので、ソラから視線を外す。


 首筋がざわりとして、ジーノは犬を撫でる手を止めた。


 ソラの仕草は実に何気なく、誰も気にとめるものではなかった。おかげで自然と、彼女を苦しめる「黒」を見落としてしまった。思えば、今のソラからは南極島へ着いた頃にあった努めて明るい感じも伝わってこない。わざとらしさもなく、無理をしているようでもない。


 ソラは自分の運命を綺麗さっぱり吹っ切っていた。


 その変わりようにはエースでさえもハッとし、ユエとホムラに至ってはあからさまに衝撃を受けていた。凍り付く東ノ国の二人にソラの目が向きそうになって、ジーノはとっさに彼女を呼んだ。


「ソラ様」


「ん? どうしたのジーノちゃん」


「いえ、その……」


 その変化を寂しがるのもおかしな話だった。ジーノは宗家の当主たちを窘めるように声を軽い調子に変えて話を続ける。


「昨日、一人で寝ていると少し寒かったもので。今日はソラ様のお布団にお邪魔してもいいですか?」


「ぜんぜん構いませんよお嬢さん。カンロくんを間に挟んでホカホカで寝ましょう」


「カンロさんは暑くなってしまうかもしれませんが……」


「暑い無理ッ! てなったらこの子も自分で出てくでしょ。そしたら私らでひっついて寝ればいんでない? 寒くなって戻ってきたら、また入れてあげればいいんだし」


「そうですね。そうしましょう!」


 おのずと振る舞えた自信など、ジーノにはなかった。けれどソラが望むのなら、どんな期待にも応えようと思った。そうしたいとか、そうできたらという希望ではない。別れの時にだって笑ってみせる気概を持って、ジーノはソラの志に尽くす決意とした。


 晩を越し、今日もまた明けない夜が始まる。


 ソラは高い声で鳴く犬たちに見送られて島中の拠点を発った。この行程は北の果ても同じように辿っている……。

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