15‐11 己の行方
翌朝、ここ遠心と島中拠点との中間に位置する無人小屋へ向けて発つ時間になった。ソラのそりを引くのはリーダー犬のカンロ号で、昨夜も一緒に眠った仲であった。
犬が引くそりは大きな籠型で、普段は島中の拠点へ物資を届けるのに使われている。遠心から島中までは決して近いとはいえず、何度も往復するのは犬にも人にも負担である。そのため一度で多くの荷を運搬できるよう、そりには重量を軽減する魔法が施されていた。今回は荷物の代わりに人間が複数で乗り合わせ、計三台が連なって雪原を駆け抜けることになった。
先頭のそりには獣使いの駐在員が物資とともに乗り、全体の操縦を担う。二台目にはソラと兄妹、ホムラが乗り、最後尾にセナとユエ、書記官二名がついていく形となった。犬たちは毛に雪玉がくっつかないよう専用のコートとブーツを履き、そりにつながれると一様に呼吸を浮わつかせた。
行程は初日でひとつ目の無人小屋まで走り、二日目で島中の有人拠点に到着。そこで一晩休み、翌日からは水源域を進んで地の軸との中間にある二つ目の無人小屋へ。最終の四日目で島の中心にたどり着く予定となっている。
朝食の間にそんな説明を受け、ソラはいざそりに乗り込んだ。向かい合わせの段差を椅子代わりに四人が腰かけ、隊列が整ったのを確認してそりが滑り出す。
本来であれば日がある時間帯だが、辺りは暗く空には星が輝いていた。先導する乗り手は魔法で道筋を照らし、点々と立っている木の杭を目印に目的地へと進む。個々のそりにはランタンが吊され、油で燃える炎が薄く伸ばした鉄板に反射して互いの位置を知らせていた。
ソラはあちこちに顔を向け、早足ほどの速度で過ぎ去っていく景色を見つめる。
「うわー! すごいすごい。極夜とか初めてだよ、私。本当にずっと夜なんだなぁ」
「運が良ければオーロラも見れるかもしれませんね」
「そういえばここ、南極だもんね。地球じゃ一度も見たことなかったわ」
「あの、お兄様。おーろらとは?」
「〈錦の衣〉のことだよ。ソルテでも見たことがあるだろう?」
「それを私の故郷ではオーロラって言うんだ」
「なるほど! とても綺麗な響きで、ぴったりな言葉です」
「でしょー」
最初こそこのように和やかな会話もあったが、太陽がないと気が滅入るもので、皆はだんだんと静かになっていった。犬の息づかいと雪を蹴る足音だけが聞こえ、それは内省を促すつもりなのか耳の中に残り続けた。
ソラは防寒トンビの襟に顎を埋めた。何となしに後ろ暗いのと気まずいのとで、朱櫻を出てからずっと首をすくめている。横髪を頬まで引っ張ってきて、影とは違う黒を隠して息を吐く。白い煙は後方へたなびいて消えていった。
いつしか濃紺の夜空に薄暗い雲がかかり、小雪が降り始めた。頬に当たった雪粒はしばらくその姿をとどめたが、じわじわと溶けて凍った。ソラは張り付いた氷を払った手を見つめる。
まだ、この体は熱を持っている。
未だ生きている。
嬉しいような空しいような、ソラ自身も判別できない気持ちがこみ上げてくる。
ふと、考えてしまう。
空虚は埋まったはずなのに、どこか白々しいのだ。気楽に振る舞ってみても、自分は吹っ切れているんだと主張してみても、何か実感が足りない。
「……」
なぜ、と自分に問うてみても答えは出ない。わだかまる気持ちに胸焼けをおこしそうだ。ソラは星の光を瞳に映しながら大量の白煙を上げ、一人分の熱量が冷気に溶けていく様を見送る。
静寂の道中は平穏に進んだ。この地にも魔物がいないわけではなかろうに、それと出会うことはついになかった。それも当たり前で、陰の魔力が増していくソラの体は魔物除けの黒泥石と同じだった。
「……今は、私が守ってるのか」
そのうち熱をなくすこの体でも、誰かを守ることができる。いいや、そんな体だからこそ皆を守れるのだ。
これはひとつ、誇れることだろう。
行く先を決めてからというもの、ソラの胸にあたたかいものが増えていく。それはきっと「かわいそう」なことではない。
別れとは苦しいものだ。もう二度と会えないなら、なおさら心が痛む。それら悲しみや哀れみから目を背けても、きっと意味はない。むしろ、そういった湿っぽい思いであっても、温もりのある思い出で丸ごと包み込めたのなら。それこそが幸いだ。
ソラは、涙の先で誰かが「天晴れ」と言って、自分を惜しんでくれるように願う。それこそが思い描いた理想の終わりで、彼女にとっては望外ともいえる「幸福な結末」だった。
「いいなぁ、それ。最高じゃん」
「どうしました? ソラ様」
「んーん。何でもない」
顔を見合わせるジーノとエースが愛おしい。
くすぶっていた不安が晴れたソラは目尻にしわを刻み、自然とわき起こる感情のままに穏やかな笑みを浮かべた。




