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私がそれを望むから ―終わりの魔女と死の聖人―  作者: 未鳴 漣
第四章「そして憎悪が果てるとき」
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15‐9 白の世界

 元気を取り戻した彼はジョンと一緒になって、次々に雪玉を作っては遠くへと投げ飛ばした。そんな二人をツヅミが追い越して先に行く。


「お二人とも。遊ぶのはあとにして、こちらへ」


 ツヅミが声をかけ、デッキから続く木道を歩いていく。木道は北極島で活動するための拠点施設へと続いており、なるほどこれなら物資の移動も楽にできそうだった。雪原へ降りる階段は拠点建物の正面にあって、床下にはそりが収納されていた。


「今日はここに泊まります」


「やったぜジョン! ようやく揺れない床で寝れるぞ!」


「ぼく、ゆらゆらのゆりかごおふとんもすきだった、わよ?」


「ええー? 僕は揺れてると酔うか酔わないかで不安になるから、じっとしてるベッドがいいけどなぁ」


「……ななしぃ、いまもゆらゆら、かんじなーい? ゆぅーら、ゆぅーら」


「そんなん言われるとまだ船の上みたいじゃん。やめてよ~」


 ジョンがナナシの手を掴んで左右に揺れ、二人できゃっきゃと笑う。ツヅミはそれを横目に島の中心部を静かに眺めていた。


 島を囲う岩山の陰影がなくなり、立体感を失うあたり――一筋の光が天空から地上を貫いている。ツヅミも極地の島を訪れたのはこれが初めてだった。彼は目を細くして遠くを見つめ、不覚にもナナシと同じ感想を抱いてしまった。


 何もなくて、誰もいなくて。


 あるのは白と黒の二色だけ。それが美しい。


 ツヅミの目に映る世界に色彩はなかった。聖霊族の顛末を知り大陸の現状を把握してからというもの、彼は偽りを信じ続ける隣国を嫌った。真実の告発に二の足を踏む祖国に苛立ち、何も知らずのうのうと生きる全ての人間を嫌悪した。そうした義憤が絶望に塗り替えられ、極端な諦観を得たそのときから、ツヅミが見る景色の階調は二つになった。


 嘘が蔓延るのなら、その張本を取り除けばよい。それなのに、


 嘘を暴けぬのなら、存在する価値などあろうか。否、


 真実を告げぬなら、虚偽に与したのと変わらぬ。


 こんな惨めをさらし、どうして生きていけよう。


「ツヅミンが言ってた地の軸って、あの白い柱のことだよね。あそこまでどのくらいかかるの?」


 ナナシの唐突な問いに、ツヅミは呼吸を一拍詰まらせてから応じた。


「……おおよそ四日です」


「四日も? もうちょいサッと行けるかと思ってた」


「ゆきのけしき、たのしめばいい。ぼくはちょっと、たのしみ」


「ま、これで見納めになるんだしな。今のうちに満喫しておきますか」


「ますかー」


 そう言ってジョンが走り出した。彼女は拠点正面の階段をトントンと下っていって、最後の一段を飛ばして雪原に着地した。そして誰の足跡もないところまで行って四肢を大の字にして飛び上がり、顔面から雪に埋まった。甲高い声で興奮し、手足をバタバタして雪の上を泳ぐ。その様子にナナシも我慢できずに駆け出し、ジョンの隣にダイブした。


 雪は思いのほか固く、柔らかな綿の感触を期待していたナナシは微妙な表情で顔を上げた。二人は同時に仰向けに寝返り、雲ひとつない空を見上げる。


「なな~」


「ん? どしたの、ジョンさん」


「ぼくね、ななのすきにしていいからね。っておもってるの」


「僕の好きに? 何それ、どういうこと?」


「ななしのやりたいことは、ぼくのやりたいことなの」


「おう」


「だからぼくのやりたいことも、ななしのやりたいことなの」


「……ふーん、そっか! んじゃ、お言葉に甘えて好きにさせてもらおうかな!」


「うむ。するといいでしょう」


「ヘヘッ。サンキュうわっ!?」


 ナナシの横でジョンが上体を起こし、すくい上げた氷の粒を彼の頭に降らせた。ジョンはサクサクと雪の表面を掻いては空中に舞い上げる。やがて立ち上がりクルクルと回って、その様はさながら氷上で踊るスケーターだった。呆然とするナナシの手を取り、ペアとなって同じ動きを繰り返す。


 面白がったナナシがジョンを抱き上げ、回転をかけて宙に放る。すると彼女は蝶のように外套をはためかせ、しなやかな足取りでふんわりと着地した。


「さすジョン~!」


 ナナシが褒める目の前で、ジョンは地面に下りた流れで片手に雪を取り、勢い余って一回転する間に握り固めてナナシに放った。


 やられっぱなしでいられないナナシは事も無げにかわす。


「おお! さすなな~」


「お前なァ」


「えへへ! もっといっぱい、あそぼう!」


「今日はここに泊まりなんだし、日が暮れるまでそうすっか!」


 ナナシは帽子に張り付いた雪を乱雑に取り払い、足下の雪を適当に丸めてジョンへ放る。ジョンは軽やかに避け、踊りながら言った。


「ぼくに、あてたら。ひゃくおくまんてん」


「おっしゃ! 見てろよ、絶対に当ててやるかんな!」


 調子がまるで十代の子供だが、実際に二人はそのくらいだった。


 じゃれる小動物(片方は三十路の大人だ)に、ツヅミは呆れきった眼差しを向けた。口の横に手を立て、デッキの上から注意を促す。


「今の時期、日暮れなんてありませんよ。というか、あまり騒ぐと――」


 言った矢先に腐臭が漂ってくる。白一色の雪原において黒い個体はよく目立つ。ツヅミの視線をたどってジョンが後ろを振り向き、魔物が近づいてきたのを視認する。


「うにゃ!? くちゃいやつら、きちゃった!」


「ほい来たお任せ!!」


 ナナシが素早く眼前の敵に照準を定めて爆破する。ナナシの放った魔法はそこそこ強力で、魔物を消し飛ばした場所には半径及び深さ五メートルほどの穴が穿たれていた。


 爆煙が晴れるのを待って、ナナシは拳を高々と上げて勝利のポーズを決める。


「ぼくの勝ちぃ!」


「ぬぬ。こうなったら、ゆきだるまつくって、しょうぶ!」


「のぞむところだ!」


 物資の仕分けに当たっていた拠点の駐在員たちが騒ぎを聞きつけてやってくる。眉をひそめる彼らをツヅミが手で制し、気にしないように言った。


「あのお二人の面倒は私が見ます。正直まともな方々ではないので、皆さんは極力近づかないようにしてください」


「コラッ! 悪口聞こえてんぞツヅミン!」


「てんぞー!」


「これは失敬」


 口先だけの謝罪にナナシたちは気を悪くした様子もなく、きゃっきゃと声を上げて雪玉を転がした。自分の上背より大きくなった固まりを魔法で持ち上げ、胴体に頭部を乗せる。彼らはそれが勝負だったことなどすっかり忘れて、仲良く雪だるまの顔に表情を刻んでいた。


 ツヅミは視線を上げて対極の空に思いを馳せる。


「運がどちらに傾くか、楽しみですね。ユエ様……」


 人類の存亡を賭けた博打に心躍るなど正気ではない。それでも胸が高鳴るのを押さえられず、青年はぽっかりと口を開けて息を弾ませた。

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