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私がそれを望むから ―終わりの魔女と死の聖人―  作者: 未鳴 漣
第四章「そして憎悪が果てるとき」
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15‐7 見届け人

 ソラに処方される薬は効き目をやや落とし、持続時間が長いものへと変更された。完全に痛みを取り除くことはできないが、具合に波がなく一定の調子で過ごせるとあって、ソラは喜んでいた。


 燕樹を発ってから数時間後、整然とした町並みは地平の彼方へと過ぎ去った。船尾には煙管を吹かすホムラとユエの姿があった。


「いやはや。よもや自分が生きとるうちに救済が叶おうとは思ってもみませんでしたわ」


「燕樹はん、それを言うのはまだ早いんとちゃいますか。地の軸にも着かんうちから」


「そうは言うても、朱櫻はんかて思うてますのやろ? これで大社での権力闘争で頭ひとつ抜きん出た。お上のお膝元に返り咲く日も近い……」


 ホムラが詰まらなそうに言う。ユエは煙管を口から離して、煙を吐きながら不遜げに笑った。


「アンタはんの口から大社の話題が出るとは思わなんだわ。どないしはったん」


「お宮での争いごとに興味がない人間からするとや。崇子様まで利用するアンタはんの態度は気に食わんもんでしてな。嫌味のひとつも言うてやりたい気分なんですわ」


「どうにも誤解してはるようで。うちとしては大社だの覇権だのはとっくの昔にどうでもええんです」


「それは初耳。何ぞ大きなきっかけでも?」


「……ナギを授かって初めて、自分を省みたんよ。あんなかわいい子の目に、強欲で薄汚いモンは見せとうない」


「子供とは偉大ですなぁ」


「せやから、お宮での地位は大願成就の……お上に覚悟さすための土台でしかあらへんのです。というか」


 ユエは鼻筋にしわを寄せて火皿をホムラへ向ける。


「お宮を離れて久しいお人に手段どうこう言われたないわ」


「おっしゃるとおり。土俵の外から野次飛ばすんは不作法でした」


 ホムラは上っ面の笑みをユエに向けた。二人はそれぞれ煙管を吸い、薄く開いた口から糸のように長い煙を流した。


「ま、燕樹宗家の厳しい目があったとなれば他の家も文句はつけられへん。それを考えれば、その嫌味も心地いい歌のようやわ」


「それはそれは。せいぜい雅に歌ってさしあげるとしましょ」


「ウフフ。燕樹はん、評判どおりええ性格しとりますな」


「朱櫻はんもなァ」


 しかし嫌味の応酬は唐突に止み、ユエは真面目な顔になりホムラに頭を下げた。


「見届け人の役目、よろしゅうお願いいたします」


「お引き受けいたしますとも。素描と筆記による記録はどうぞこちらにお任せを」


 燕樹は伝統的に南極島の管理を担っており、その役目は東ノ国と聖霊族との関わりも相まって大任とされる。加えて、燕樹宗家は元来、権力だの威光だのにこだわりのない家風だった。そのせいもあって同家はホムラの先代で大社の主要な官職から外れてしまったのだが、南極島の監督任務があるおかげで権勢までは失わなかった。それどころか現在では中立的な立場を強くし、家同士のいざこざを裁定する審判役を担っている。


 さて、そんな燕樹もこの「救済の旅」が無事に終わってしまったら、またぞろ宮仕えに逆戻りすることになる。だが、それはその時。他者に犠牲を強いる道中で考えることではあるまいとホムラは割り切っていた。事が済んだら覚えるであろう後悔も、訪れるはずの変革も、人を一人殺す代償としてはあまりに軽すぎる。斯様な些事など、今から心配してみることではない。


 ここで会話を終え別れてもよかったが、ホムラは他にも気にかけていることがあった。


「あの小さい騎士はん、大陸で典型的な魔女様を憎む一人やて聞きましたけど。何で連れてきはったん?」


「ソラ様の最後を見届けるんやと。本人たっての希望なんです」


「復讐のつもりかいな」


「そればかりやないのは顔を見れば分かりますやろ。憎しみしかなかったら、終始あないに苦い顔せえへん」


「はあ。アンタはんも酷なことしよる……」


 ホムラはセナについてそれ以上は問い詰めず、煙管の雁首を指に打ちつけて火皿から煙草を落とした。ユエも彼に倣って喫煙を終えた。海の泡と消えていく毒の葉を二人でしげしげと見送る。やがて襟を正して別れようという時、前方からソラの声が聞こえた。ジーノとエースを伴い、気晴らしに外へ出てきたのだ。


 ホムラがまぶしそうに目を細める。


「崇子様ですが、お気持ちの方は随分と元気なようで」


「しょげてるよりはマシですやろ」


「病は気からと言いますもんなぁ。せやけど無理はさせたらあかん……張ってる気ぃを誰かが緩めてやらんと」


「それならあのご兄妹、特に妹はんの方が細やかにお世話してはるようです。下手にうちらが手出しするよか、よっぽど適任やわ」


 ユエが煙管を筒にしまい、腰の帯に差した。一方でホムラは新しい葉を丸めて火皿に押し込んでいた。ユエの喫煙は他家との関わりを円滑に図る道具でしかなかったが、ホムラにとっては至福の趣味であった。医者のくせに好んで肺をいじめる行為は理解しがたい。


 煙を吹いてうっとりする老人に呆れ、ユエは船内に戻ろうと手すりを離れる。ホムラは彼女を見送りつつ、最後の嫌味を奏でた。


「そうそう、朱櫻はんはどない言うて崇子様を説得しはったんです?」


「何ですの。藪から棒に」


「いやさ。患者や家族に死期を宣告して、それを納得させる苦労はうちもよぉく知っとる。そやから人様に死ぬ覚悟さすんは、さぞ難儀やったろ思いましてな」


「趣味の悪い……」


 ユエは立ち尽くし、表情を歪めて嫌悪を露わにした。ホムラはそれを歯牙にもかけず、口を丸く開いて煙の輪を吐く。


「お答えいただけまへんか」


 暇つぶしの問答にしてはいささか不調法な話題だったが、ユエは意を決してホムラに向き直る。ここで怯んでしまっては、過去の義を果たすことなど到底できまい。


「死ね言いましたわ」


「アンタ、ほんま鬼やで」


 ホムラはユエの背後で短刀をかざしているつもりだった。長きにわたって引き延ばしてきた「念願」、それを自らの手で果たすと決めたユエが道半ばで逃げ出さないように。


「失敗したら次の機会はあらへんこと、ちゃんと分かっとるんやな」


「当然。うちはこの日のため、朱櫻として生まれて来たんです」


「その言葉、大仰なんて言わすなよ」


 もし違わば、ホムラは本気でユエを刺し殺すつもりである。朱櫻の主はそうと知っていて、狙っておけとばかりに背を向けた。


 二人の視線の先に、海鳥を指さして笑うソラがいる。それはまるで、古の救済の旅を再現したような光景だった。


 大陸と同じ轍は踏むまい。


 かつて聖霊族がそうしたように、ソラには己が持てる全てを施すのだ。ユエの目は船が進む先だけを見据えていた。

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