15‐6 弱音
ソラはささっと服装を整えた。ユエとホムラは黒く変色した部位を見ても平然としていてくれるが、ジーノとエースはやはり気に病むらしく、思い詰めた表情を見せる。ソラ自身も患部が目に入れば滅入るので、二人の態度をどうこう言うつもりはない。残り少ない時間を悲嘆で消費したくないソラはなるべく肌を隠すようにしていた。
靴まで履いてしまうと緊張が解け、そのせいか咳が出た。ソラはベッドにストンと腰を落とし、口元を手で覆いコンコンと喉を鳴らす。ジーノが隣にきて背中をさすってくれたが、
「イッ――!」
肺が痛んで胸を押さえる。
「す、すみません!」
「いや、キミのせいじゃないよ。痛んだのは別の場所だから……ケホケホッ」
皮膚の黒化は緩やかに見える一方で、内臓の衰弱が急速に進んでいるらしい。ユエが急ぐのも当然の悪化速度で、直面した現実は強く保ってきたソラの意志を激しく揺さぶった。
ソラはよろめく視界の中で靴先に目を固定し、どうにか気を紛らわせる。
「ジーノちゃん、やっぱり元気ない?」
「すみません……」
「ううん。こっちこそ、ごめん。元気でいられるはず、ないよね」
会話を続けて、独りではないと確認していないと、据えたはずの芯が折れてしまう気がした。
「笑えないなら無理して笑わなくてもいいよ。どうしても涙がこぼれそうなら泣いたっていい。何だっていいんだ、キミたちがそばに居てくれれば。でも……」
虚勢を張る対象が席を外して、ソラは気持ちが緩んでしまった。解けて散らばりそうになる情緒をかき集め、胸の奥に押し込んで堪える。
「わ、私のこと。かわいそうなんて、思わないでね。私は、そんな風に思われたくない、から」
「分かっております。貴方は自ら決意し、この道を選んだ。とても強く勇敢な方です」
「アー、いやぁ……そこまでのことはないというか」
「私も貴方のようにありたい」
ジーノがうなだれるソラの手を取る。錆びた刃で刺した傷口は魔法で治すこともできず、消毒をした後に針で縫っただけだった。痛みのせいで指先は思うように動かせず、以前よりもずっと不自由な思いをさせている。
その原因を作ったのはジーノだ。
片腕を失おうとも、ソラは多くのことを自分でこなそうと力を尽くしてきた。それが今では歩くことすら一人では難しくなり、ソラの自尊心はどれほど傷ついたろう。ジーノは自分こそが彼女の尊厳を奪ってしまったことを痛感していた。
「ソラ様も、つらいのならつらいとおっしゃってください。私、誰にも話したりしません。お兄様にだって秘密にします。そんなことしかできませんが……」
包帯で巻かれたソラの手を自分の両手でそっと挟み、優しく握った。
「この手を離すその時まで、わたくしは貴方様をお支えしたい」
本当なら離したくない。惨めったらしく駄々をこねて、ソラを引きとめたかった。だが、それは彼女の決意を反故にする行為である。だからジーノは自分の全てを捧げる覚悟だった。ソラの手足となり、兄にはこぼせないような弱音だって受け止めてみせる。
「ソラ様。貴方が私を、そして兄を大切に思ってくれるように。私も兄も貴方のことがずっと、ずっと、大切なのです。これからも、いつまでも、わたくしたちは貴方様を愛しております」
下を向いたままのソラは喉を詰まらせ、ジーノの手に涙をこぼした。ソラが体を預けてくれたので、ジーノは何も言わずに親愛なる人を抱きしめた。




