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私がそれを望むから ―終わりの魔女と死の聖人―  作者: 未鳴 漣
第四章「そして憎悪が果てるとき」
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15‐5 燕樹の医者

 それからも取り留めのない会話が弾み、波間を泳ぐイルカを見つけて興奮したり、船に近づいてきた鳥にソラが襲われかけたりして時間が過ぎていった。


 潮風を浴びた髪が軋み始めた頃、燕樹が見えてきた。起伏の少ないその島は整然とした町づくりが特徴で、どの道も直角に交わるよう区画が整理されており、島を監督する宗家の気質が伺えた。


 朱櫻とは景色が全く違って見える。感心している間に船が着岸し、ソラのもとへ草履のこすれる音が近づいてきた。


「お三方ともずっと外に居はったん?」


 ユエが外出の許可を出したのは昼過ぎだ。いくら日暮れが早い時期とはいえ、三人がだいぶ長い時間を外で過ごしたことにユエは驚いていた。しかし、それを咎めることはない。外に出たおかげでソラの血色が改善していたからだ。


「ユエさん。燕樹にはどのくらい寄るんです?」


「荷の手配は朱櫻を出る前に済んどりますので、一晩越して明日の朝には発つ予定です」


 随分と急いでいる、と言いそうになってソラは口を閉じた。日に日に悪くなっていくソラの体調を考えれば、何としても「野望」を遂げたいユエにのんびりしている時間などない。ソラとしても嫌みを言いたいわけではないので、下船についても要望することはなかった。


 ユエは思い出したかのように軽く両手を合わせ、町並みの方へ視線をやって言った。


「そやった。燕樹からは旅程の見届け人として、島の宗家当主が同行します。あのお人は腕のいい医者でもありましてな。道中、ソラ様のお体を診させていただくことになります」


「お医者さんですか。東ノ国の医療を間近で見られるのは、エースくんにとっていい経験になりそうだね」


 兄妹がその身をソラへ捧げたように、ソラもまた自分の全てを大切な二人のために使うつもりだった。その気持ちを理解しているエースは気兼ねせずに「そうですね」と相づちを返した。


 ユエはわずかに苦い顔をした。それをすぐさま取り繕い、燕樹の治者を迎えに行くため頭を下げる。


「ほな、ソラ様も冷えんうちにお部屋へお戻りなさいますよう」


「ええ。ありがとうございます」


 ユエは船尾の方へ去っていった。ソラは彼女の気遣いを無駄にしないよう、兄妹に頼んで部屋へ戻った。


 燕主の宗家当主は初老の男で、名をホムラといった。荷物より先に乗り込んできた彼は案内役のユエを押しのける勢いでソラの元を訪れ、患者の容態を確認しようと腰を下ろした。


 ソラは素足になり、ベッドに上がって長座位を取った。膝から広がった肌の黒化は足の先まで至り、付け根へも向かって拡大していた。ホムラはいちいち断りを入れつつ、患部に触れては難しそうに唸る。


「痛みの方はどないな具合ですか?」


「波がある感じですね。すごく痛かったり、まぁまぁ痛かったり。チクチクよりはズキズキと。鈍痛ってやつです」


「鎮痛薬はきちんと処方されとるんやろか?」


「それはうちの方で十分に効果があるものを用意させてもろてます」


「朱櫻はんのお薬なら、お墨付きか」


「あの! 確かに服用後しばらくは効いているようですが、次の服用時間を前に切れてしまうらしく……どうにかなりませんか?」


 外野から見守っていたエースがたまらず口を挟んだ。ホムラはいやな顔などせず、エースの不安を当然の訴えとして受け止めた。老人は処方記録をめくって、


「今のお薬は……っと。割と強いもんを出してはるんやな」


「もっと効き目のあるもんとなると、今度はソラ様の体力が心配で」


「せやなぁ。薬で患者はんの元気を奪ってしもたら元も子もあらへんし」


「あの……私、大丈夫ですよ? 何かもう痛いのも慣れてきたって言うか、お薬もちゃんと効いてはいますし。別に気持ち悪いとかもなく。ひどかった頭痛に関しては、本当に楽になったので」


「ウーン。そやけど、そこのお兄さんが言わはったように、楽な方がいいのはそのとおりです。余計な我慢は体に毒や。もう少し何とかならんもんか、検討してみましょ」


「そういうことでしたら、お願いします」


 ホムラは緩和の方法を探るため、診察をひとまず終えた。荷物をまとめる彼にソラが声をかける。


「あの、ホムラ先生」


「何でしょう?」


「彼も同席させてくれませんか」


 ソラから目配せを受け、エースも自ら願い出る。


「自分も薬学の知識はあります。それに、東ノ国の医術にも興味があるので、勉強させていただけたらと……」


「うちは構いまへんで。詳しく知ってる人間が近くにおれば崇子様もご安心できるでしょう」


「ありがとうございます」


 さっそくホムラのあとについていくエースに、ジーノがアッと声を上げて釘を刺した。


「お兄様、いつかの聖域探索のように暴走なさらないでくださいまし」


「……、……気をつける、よ」


 妹の注意にどうにか首肯したが、エースの顔には自制心よりも探求心の方が強く出ていた。ホムラはその積極的な様子が気に入ったらしく、「ほしたら存分に困らせてもらいましょ」。好好爺は期待を胸に若人を連れて行った。

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