15‐4 最後まで
車椅子に移ったところでジーノが戻ってきた。ユエから許可をもぎ取ったと胸を張る彼女に椅子を押してもらい、ソラは甲板へ出る。
天は海原を反射したように青く、北風が少し肌寒い。
「こっちは南半球だから、これから冬に向かうんだよね。二人とも、寒くない?」
「俺たちは大丈夫ですよ。ソルテほどの気温ではありませんし」
「ソラ様は寒くありませんか?」
「私は先に、ソルテの服に着替えちゃってるから。あったかい」
首を覆う襟を指先で引き上げて、ソラは上空を見る。
天気がいい。思えばこれまでの旅路でも天候に悩まされたことはほとんどなかった。ひょっとすると、軸の座にいるという青星が気象を操り、ソラが苦労せず自分の元へ来るよう導いているのかもしれない。地下を巡る魔力が大気に影響するかは不明だが、天地は互いに作用し合って自然現象を引き起こすのだから、そういうこともあるだろう。
手すりに椅子を横付けしてもらい、上半身を海側に傾けて穏やかな波を見送る。その背後でドアの開く音がした。
ユエが様子を見にでも来たのかと思い、ソラはモタモタと体の向きを変える。その間にドアが閉まって、ジーノが不快を込めて舌打ちをした。ソラがドアに目を向けたときには誰もいない。何者かは外へ出ることなく引っ込んでしまったようだ。
誰だったのか、ソラは見当がついていた。ジーノに目をやると、すさまじい形相で甲板の出入り口を睨んでいた。彼女が舌打ちまでして、エースも眉をひそめる相手と言えば、セナしかいない。
――小騎士様はどこまで知ってたのかな。
セナが騎士としての任務を放棄し、ユエを支持した理由は未だはっきりとしない。だが、初対面でソラに銃口を向けた彼のことだ。道を外すとすれば、魔女への復讐を果たす以外に理由はない。
その一方、朱櫻での昔語りには彼も動揺していた。聖霊族と魔女が辿った歴史は知らなかったに違いない。ユエはきっと「魔女が死ぬ」=「ソラを殺せる」という結末だけを聞かせ、少年の復讐心を懐柔したのだ。
ソラはそろそろと手を動かし、ジーノの気を引くように左右へ振った。
「ジーノちゃん、顔が怖いです」
「すみません。つい……」
「いたの、小騎士様だったんでしょ? キミが機嫌を悪くするのも分かるけど、彼もいろいろ思うところがあるみたいだから、絡みに行ったりしないようにね」
「思うところ、ですか。あの人が」
ジーノは兄とソラの分も合わせて少年を嫌悪する。そうやってジーノが不満を露わにしてくれるからこそ、ソラは冷静な視点でセナを見ることができた。
「彼が何も考えてなくて、魔女を殺せることを心の底から喜んでるなら、ここまで気まずい雰囲気にはならないでしょ。というか、まず私が平静じゃいられない」
セナにしても、念願叶って「してやった」という態度を隠すわけはない。そんな顔を見たならソラは今頃、車椅子で彼を轢いた上で手の怪我も省みずに杖でボコボコにブン殴っている。
そんなことを言いながらジーノの怒りをなだめるソラに、エースが苦しげに口を開いた。
「ソラ様は、小騎士様を許すのですか?」
「許さないよ。そんなのできるわけない」
「……」
「私は優しい人間ではないので。ユエさんも小騎士様も、みんなみーんな、誰も許さない。ムカつくしクソだし、覚えてろよテメーらって思ってる」
「そうですか……」
「そんな感じで腹は立ってる、けど。だからって、誰かの死を願うほど憎んではない。まあ終わりが見えちゃった諦めもあるけど、やっぱり」
ソラは兄妹をなだめるように言い聞かせる。
「私は惜しまれて死にたいから。誰かを恨んでなんて、死にたくないんだ」
それは理想の最後へ至るために必要なことだった。そう在ることがソラの願いであり、せめてもの救いとなる。
ならば、エースとジーノはそれを支えないわけにはいかなかった。二人はそれぞれ神妙な顔つきになって、
「ソラ様のお気持ちは分かりました」
「貴方と離れるその時まで、誠心誠意お仕えいたします」
「いやいやキミたちね、大げさすぎるのよ。もうちょい気ぃ抜いてこ?」
茶化すようにソラが笑うので、二人も表情を軽くして頷いた。




