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私がそれを望むから ―終わりの魔女と死の聖人―  作者: 未鳴 漣
第四章「そして憎悪が果てるとき」
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15‐3 そばに

 ソラを乗せた船は朱櫻から出港し、第三都市「燕樹えんじゅ」へと向かっていた。ユエが言うに、燕樹では南極島までの航海と島の拠点に必要な物資を乗せるそうだ。また、地の軸までの道程を記録する者と「救済」の見届け役も加わるという。


 早朝に港を出て、現在は太陽が一番高いところへ到達した頃合いだ。燕樹への到着は日が沈む前であり、そうなるとソラは暇を持て余していた。朱櫻の屋敷で死を覚悟してから二日、体調が日々悪化していく以外は平穏に時が過ぎていった。膝の痣はもはや色濃い黒となり、ソラはその様子を黒化症状と称して進行を観察などしていた。


 それにしたって初日で飽きてしまい、船出の今日は午前中から船室で寝ていた。そして昼食を取ってからは目もすっかり覚め、手持ちぶさただった。


 午前と同様に寝ていようか。


 いや、食後にすぐ寝るのは体に負担がかかるのでは。


 ベッドでゴロゴロしているのも不健康だ。横になってばかりだと体力も落ちてしまう。それにより動くのが億劫になって寝転がり……と負の連鎖をたどって二十七歳にして寝たきりは御免被りたい。悪いのは体だけで、精神的にはむしろ健全を取り戻しているのだから、ぼんやりと過ごすよりは何か刺激を受けたい気分だった。


 実際、ソラは顔色こそ優れないが表情は明るく、これまで重たくもたげていた瞼はパッチリと開き、生き生きとしていた。そうしてベッドに横たわらず、腰掛けてソワソワしている。


 同じ空間にはエースとジーノがいた。二人は雨の中で和解して以降、ソラから片時も離れないでいる。


「……エースくん。ケイ先生に、お手紙出してくれた?」


「はい。これから何をしにどこへ向かうのか。ユエさんからお聞きした聖霊族の歴史についても、全てを書いて送りました」


「先生には隠しておく方が心配かけそうだからね。ありがとう」


 礼を言ったあと、ソラは申し訳なさそうに眉を下げる。


「もしだったらこれから、どこか。気晴らしに歩けないかな? といっても、車椅子をお願いすることになるんだけど」


 右手を負傷したソラは立ち上がるにも人の手を借りるようになった。杖が使えないのでは歩行も怪しく、離れたところへ移動する際には車椅子を使わねばならない。


 自分の行動が逐一他人の手を煩わす。それが心苦しいソラはいつも遠慮がちに物事を頼んだ。兄妹はそんな彼女の顔を見ると心が寂しくなってしまうのだった。


 だからジーノは努めて朗らかに振る舞う。


「そうですね! 部屋に籠もりきりでは気分が塞いでしまいます。私、ユエさんにお伺いを立ててきます」


「うん。お願い」


 ジーノの明るさはソラの救いになっていた。エースは服の裾を翻しながら軽やかに部屋を出ていった妹を見送り、自分の陰鬱な性格を嘆いた。


「駄目ですね。俺もジーノを見習わないとなのに」


「まあ、そうかもね。エースくんはお医者さんでもあるんだし、患者より先生が不安そうな顔してたら困るのは、確かにある」


 しょんぼりするエースだったが、ソラも彼に無理をしてほしいのではなかった。なので解決案を提示する。


「分かりやすい指標があるといいのかも」


「指標、ですか?」


「たとえば、どうしたものか迷うことがあったとして、ケイ先生だったらこうするかも? って考えてみるのです」


「師匠だったら……?」


「憧れる部分を真似するところから、始めてみるのもいいんじゃないかな。そこにエースくんの優しさや、気遣いを足せば、キミはケイ先生以上のいいお医者さんになれるはずだよ」


「師匠を越える医者に……」


 それは未来の話だった。


 ソラは意図してエースの将来を語り、期待する。


「命の重さを知るキミだもの。多くの人をその手で救うと、私は信じてるよ」


 これは心からの願いだ。自分がいなくなったとしても、この先を生きていってほしいと思っている。そんな祈りがにじむ声に引かれて、エースがソラの顔を見る。


 目が合った彼女は親愛を浮かべて笑った。その表情は父スランの顔にも見たことがあった。時に厳しい師であっても、同様に柔らかい感情を自分に向けてくれた。


 エースは何か、ずっと冷え切っていた内臓がじんわりと温まるのを感じた。


 朱櫻で自分の気持ちを吐き出せたのが良かったのかもしれない。


 ジーノが自分を恨んでいてくれて嬉しかった反面、そんな感情を抱かせた自分に虫ずが走った。けれど、本音をぶつけて彼女の誤解が解けたとき、エースの心には確かな安らぎがあった。十数年に渡り自身を非難してきた彼の中にわだかまっていた怨念が認められた。そんな気がして、どうしてか心強かった。


 罪が許されたわけではない。


 罪が消えるわけでもない。


 エースがあの日の愚行を正当化することはあり得ない。あってはならないと理解し、目を背けないのは当然として。泣いて謝罪を繰り返すだけだった自分を慰めたなら、次は犯した罪を償う方法を探すべきだ。


 そのためにも、彼は生きなければならなかった。


「ソラ様。ユエさんの許しがあろうとなかろうと、外に出ましょう」


 エースは確かな一歩を踏み出す。


 部屋の隅に固定してあった車椅子をソラの前まで押してきて、乗り移るように促した。


「天気もいいですし、新鮮な空気を吸って海鳥を見るんです」


「でも、許可は取っておかないと。さすがに怒られるんじゃない?」


「その時はその時。俺とジーノも一緒なので怖くないです」


「確かに。キミたち二人が一緒なら、怖いものなしだ。ふふっ!」


 ソラは笑いながら咳を繰り返した。小刻みに揺れる肩がどこか悲しみを耐えているように見え、エースは移動を手伝うための手でソラを抱き寄せた。


「エースくん? どうしたの」


「ソラ様。私は貴方様のおそばにおります。これからもきっと、いつまでも変わらずに……」


 背中から心臓の位置を撫で、ソラの心に刻まれた自分の記憶に思いを託す。


「どうか、私がここに残ることをお許しください」


 懇願と言ってもいい切実な訴え。


 ソラはゆっくりと頭を傾げてエースに体を預けた。肩に頬を寄せて瞼を閉じ、


「ありがとう。キミがそばにいてくれるのなら、安心だ」


 背中をぽんぽんと叩いたのを合図に、二人は離れた。

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