14‐10 愛するもの
膝から崩れ落ちた彼女をジーノが抱きとめる。ソラは起きあがる気力もなく、うなだれたまま覚悟を口にした。
「家族ってさ、絆が深ければ……互いを許し合うものでしょ。どれだけ馬鹿なことやっても、見捨てられない。どうにかしてあげたいと思う」
「ソラ様……!」
「まるで呪いみたいだけど……そういう、よくも悪くも打算では切り捨てられない……しがらみなんだ。私は自分の家族を、思い出せないけど。でも、そういうものと分かるだけの経験はちゃんと、私の中に残ってた、から」
だからこそ許せる。
ソラは最後の唯一、自分の芯となる執念を手に入れて嬉しくなった。声を上げ、肩を揺らし、息が足りなくて喉が苦しくなるほどに歓喜した。
――この二人のためなら何だってできる!!
いびつな欠片などではない。
空虚は正しく埋まり、満たされた。
彼女はひとしきり喜んだあと、
「ごめんね……」
一言をもらして脱力した。ジーノだけではその体を受け止められず、エースも手を貸して支える。
「ど、どうなさったのです!? もしや手の傷が――」
「いや、違う。もとから、もう、持ちそうになくて……」
「ソラ様?」
緊張でごまかされていた全身の痛みが戻ってきたのだ。ソラはなおも笑いながら浅い呼吸を繰り返した。混乱するジーノに代わってエースが呼びかける。
「逃げましょう、ソラ様」
「アー、それは……駄目、かな」
「そんな、どうして」
「キミたちに、危害が及ぶことが、あっては……いけないもの」
「俺は貴方のためなら!」
「私は絶対、逃げないよ。約束を、守らなきゃ……」
「や、約束?」
「私にはキミたちを、無事に……スランさんのもとへ、帰す義務がある。それは、何があっても……果たすべきもの」
それでもエースは諦めきれなかった。ジーノと目を合わせて互いの意志に同意し、動けないソラを抱えて立ち上がる。
「兄妹ケンカ、終わりましたやろか?」
雷鳴が聞こえ始めたところに、鈴を転がす声が響いた。兄妹そろって声の主を振り向き、渋面を作る。
二人を引き留めたユエは傘も差さず、上等な着物が濡れるままに立っていた。彼女の後ろには家に仕える者たちがずらりと並び、誰も彼も気を張りつめて臨戦態勢だった。
遅れてセナがユエの隣に並び、銃口をジーノに向ける。不測の事態に陥った際はいの一番に無力化したいからだ。彼はまだ迷いのある様子で、銃の狙いがわずかに揺れていた。
ジーノがいるとはいえ、これだけの符術使いを相手にするのは分が悪すぎた。兄妹が二の足を踏む間にソラが体を揺すり、エースの腕から逃れる。地面におりたものの立っていられず四つん這いになり、泥に汚れなからソラは顔を上げた。挑発的な笑みをユエに向けて、
「お待たせして、すみません。たった今、仲裁しました」
ソラは再びエースに抱えられた。そのていたらくにユエが悲痛を顔に表す。
「本にお優しい方だこと。もう限界なんでしょうに」
「別に、優しさとかじゃない、ですよ。全部自分の……私自身が後悔しないために、やっておくべきことを、やってるだけです」
「それでもあまりに健気で……哀れやわ」
「やめてくださいよ」
ソラは強い口調でユエの憐憫を遮る。
「これは私の人生だ。その生き方を、決断を、覚悟を。他人にとやかく言われる筋合いはない」
彼女の目にあるのは揺るぎない決意だった。
「私は私の意志で、死ぬに足る価値を見つけた。そこに悲しみも哀れみもいらない。こと貴方に至っては、私を哀れと言う資格など、ない」
それが分からないのなら、本当の人でなしだ。さすがにそこまで非道になれないユエは口をつぐんだ。
もっと投げやりな気持ちで自らを捨てるのかと思っていたが、ソラの言葉は想像を絶する力強さだった。けれど、ボロボロになりながらも立ち続ける姿は正視に耐えない。そもそも斯くの如き信念とは歳月を幾度も重ね、十分に年老い達観してから固めるものなのに。
「貴方様は……」
本当にそれでいいのかと聞きそうになり、ユエは思いとどまる。その問いかけは外道以下の振る舞いだ。自制してみせるユエにソラが柔らかな表情を向ける。
「自分の死期を悟るのも、そう悪いことじゃない。気持ちにケリをつけて、やれることをやりきって、終われるなら……」
余命を知り、それでも悲嘆に暮れることなく人生を自ら畳みゆく。その奮闘を哀れと言う人間がどこにいよう。
ソラは自らを諦めたのではない。
どこでどう果てるか、それを自身で定めただけのことなのだ。
後悔が少なく死ねる機会は思いのほか得難い。いつも通り降って湧いた幸運を無駄にするつもりなど、ソラには毛頭なかった。




