14‐7 ここから
エースは言葉を失い、呆然とソラを見た。セナも怪訝な表情で視線を寄越す。
ソラは自身が置かれた状況を反芻する。
「どうしたって、私はもう。ここまで」
ユエは白き聖霊族の献身を「魔力を受け渡す人柱」と言った。また、地の軸を作った青星をセナは「死んだ」と言い、ユエもその表現を否定しなかった。始まりの魔女と呼ばれる少女を聖霊族の従者が逃がそうとしたのも、帳の向こうへ行けばどうなるか知っていたからだ。
魔力に精神を焼き付ける行為はまさしく、死ぬということだった。
そうでなくても、自分の体は近いうちに病に蝕まれて終わる。それを許容したソラの心に嘆きはなかった。
「ソラ様……、俺は……」
鼻筋にしわを寄せて今にも泣き出しそうなエースが何を考えているのか、ソラは手に取るように分かった。同化しかけた人格は未だに切り離せず、細々とつながっている。だから彼があの時、カシュニーで長い悪夢から覚めたその際、どんな恐怖を抱えて聖人に関する記憶の有無をソラに尋ねたかも理解している。
「ごめんね、エースくん。聖人の末路を覚えてないなんて、嘘をついて」
「では、ジーノの話が……嘘だったのも、知って……?」
過去の全てを覚えているエースの記憶を体験したにもかかわらず、聖人の結末だけを見ていないわけはなかった。
「最初はね、役目を果たせば貴方は死にます、なんて言えなくて……嘘をついたんだろうって思ったよ」
それでも違和感はあった。ジーノの天真爛漫な振る舞いを見ていて、妙な胸騒ぎを覚えた。
少女は最初から、画策を吐露していた。
――貴方を殺させはしない。
そう言った時点で、彼女は兄の罪を証す「凶器」の存在を知っていた。ペンカーデルの都を逃げ出してからソルテ村を発つまでの短い時間で、彼女があの短剣を発見したとは思えない。そんなことなら当時、もっと取り乱していたはずだ。それなのに平然と良い子ぶって、「放っておけない」なんて理由で親の反対を押し切り、彼女は危険な旅に出ることを選んだ。
その純粋じみた善意にはソラも騙されてしまった。
ここまで来てしまってはもう、見事してやられたと感心するしかない。
「まあ、それはいいんだ。あの子のことは何とかするから」
ソラはユエに向き直り、
「貴方のお子さんは、魔女の役割を分かってるんですか?」
そのおぞましい想像にはさすがのユエもうろたえた。
「い、いいえ!! あの子はまだ、救済の代償を知りません! だから、昨日の言葉は……!」
「それなら、よかった」
ナギはまだ幼い子供のため、負の側面は教えられていなかった。
おかげでソラは安心して話を進められる。
「ツヅミさんが宿借り側についたのは、こちらが失敗したときの保険だったんですね」
「〈救済〉が果たせなかった場合、最低限〈延命〉は遂げなくてはなりまへん」
「それで、身内に殺人鬼の逃亡を幇助させた」
「正直、やっこさんの気がだいぶおかしいのは助かりましたわ。使い捨てるにも惜しゅうない」
ソラはそんな物言いにも涼しい顔だった。反対に、ユエは己を嗤って言い訳をした。
「外道は死ぬんが道理や」
いったい誰を責めているつもりなのか。
この女は「野望」だなんて言って、恨みを自分だけに向けようとする。ソラはそれが鬱陶しくてたまらなかった。勝手に悪者になって、ソラの決心を自分がさせたつもりでいる。
――他人の人生をもてあそぶな。
その憤懣は翻ってソラにも牙をむく。最初で最後だった分岐、カシュニーでナナシの手を掴めなかった。その後悔だってソラの利己心でしかない。離れていく手を追えなかったのは確かだが、ソラの手を掴まないと決めたのは彼だ。ソラが決めさせたのではない。
しかし、人間の情動は論理で制御できるものではない。結果だけを見て過去を切り捨てられなかったから、ソラはあの瞬間をいつまでも悔やみ続けている。だからこそ、ソラは彼女が背負う罪悪の念に思いを馳せることができた。
「ソルテ村でミュアーちゃんに目標を持てって言われて、この先もどうにか生きてみようと思った。魔法院に追われることなって、逃げ延びて生き残らなきゃって思った。でも、それも終わり」
「ソラ様、そんなことを言わないでください……!」
「現実から目を背けないで。私にこの先はない」
最初、枯れた手が肩に触れた時は驚いたけれど、それは無遠慮にソラを捕まえたのではなかった。終末は優しい手つきでそっと、寄り添うようにソラを抱きしめた。
「ならばせめて、私は惜しまれて死にたい。誰かに恨まれて……誰かを恨んで死にたくない」
自分のことだって恨みたくない。心残りはどうしたってなくせないとしても、悔いだけは残したくないから。
生きたことの意義を、
死ぬに足る価値を。
それが誰かにとって傷にしかならないとしても、ソラは証がほしかった。胸の空虚を埋めた「大切」が本物だと信じたかった。
身勝手だと自覚して、それでも諦めることのできない願いを懸ける。体の痛みなど忘れて立ち上がり、ソラはエースの手を掴んだ。大切なもう一人の手は彼にしか託せない。




