14‐6 彼女の野望
ソラはすぐさま解釈の確認を取った。
「異世界から連れてこられたその女の子は、最初から私と同じ陰の魔力を持っていたものの、それが汚れていたとか、呪われていたってことではないんですね?」
「そも、魔力に善し悪しなんてあらへんのです」
ユエが自信を持って言い切ったことで、ソラは安堵した。
ここのところ張りつめてばかりだった彼女の表情が安らいだのを見て、エースは改めて過去の愚行を恥じた。ソルテ村でソラを切りつけたあのときの自分を殴ってやりたかった。
「やはり、魔法院が編纂した伝承記は意図的に改変されていたんですね……。過去の失態を隠すために」
「おい、こっちが一方的に聞かされた話だぞ。現段階で真の歴史だと断定するのはいくら何でも早計だろ」
これまでの話を否定こそしないが、セナは腕を組んで未だ懐疑的だった。その言い様にも、ユエは眉ひとつ動かさずにいた。
他方、ソラは少年の発言をきっかけに、ユエが崇子を探し求めた真相を悟った。
「……私が、それを証明するのか」
低音の独り言をはっきりと聞いた者はいなかった。ソラはテーブルに肘をついて拳を握り、そこに額を押しつけた。
頭が痛い。
何もかもが痛々しくて、自分のことなのに他人のように痛ましい。
情緒が弛緩し、表情が必要なくなった顔がのっぺらぼうのごとく真っ平らになる。見ている景色の明暗が失われていく。
ソラを蚊帳の外にして、少女と青年、女の声が飛び交う。
「こんな重大な過ち、どうして誰も疑問に思わなかったのでしょう」
「当時、大陸はまだ五つの国に分かれていて、どこが覇権を握るかと大小の争いを繰り返していた頃なんだ。統一後も混乱は長く続いたというし、地方の書物も接収され、文化浄化に近い行為が横行していたから……」
北では極寒の地で日々を生きるのに精一杯。西では統一に一役買った魔法院がますます勢いづき、南は商売しか頭にない。王都は統治の足固めに必死でそれどころではなかった。
「東に至ってはその宗教観からか、世界の終焉もやむなしと現状を受け入れる始末。是正を放棄して日和った腰抜けや」
「……無関心が作り上げたいびつな真実。それが大陸の歴史なんだ」
青年が肩を落とした。
女はきわめて残念そうな口調で返す。
「この国かて、逃げてきた聖霊族様や魔法院を追われた方がおらんかったら、何も知らんかったことや。結果として運良く東ノ国に真相が残り、大陸さんには残らんかった。そういうことであって、うちはよそ様のことをどうこう言う気はあらへんよ」
曇った音声を聞き流しながらソラの意識は現実から乖離していく。
魔女は無理やり未知の世界に連行され、訳も分からず周囲に流されて最後には命さえも失った。汚名を着せられ、後世で人類の仇敵に仕立て上げられて。
彼女の無念を思えばこそ、ソラは自分の終焉に「理想」を求める。
――誰かに恨まれて死ぬのは嫌だ。
――誰かを恨んで死ぬのも嫌だ。
胸に空虚を抱えたまま果てるのは嫌だった。
外野では女たちの会話が続いている。
「巫女さんよォ。アンタの話が本当ってんなら、何で公表しねえんだ」
「うち個人としては、この巻物で大陸さんの横っ面をブッ叩きたい気持ちもあるんやけどねぇ」
「……国としては利益がないってことか」
「薬が馬鹿ほど売れるからって、大社の連中も生ぬるいったらないんよ。いい加減、うちらも大陸さんも目を覚ますべきなんや」
「これらの記録、東ノ国では一般にも知られているんでしょうか?」
扇の向こうでいきり立つ女に青年が問うた。
「まともにお勉強してれば、この程度は知識としてあるわな」
「なぜ皆さんは、大陸の歴史が間違っていると声を上げないんですか」
「あんなぁ、お兄さん。兵力だけは無駄にある大国相手に戦争の火種まく阿呆はこの国にいてへんの」
「……」
「そうやなくても、うちらのご先祖は聖霊族様から頼まれてますのや。この世界の平定に手を貸してくれと。誇り高き御方の望みは世界の平穏やった。その理想を裏切るようなことはこの国の誰もできひん」
女の苦々しい声がいやに鮮明な音としてソラの耳に届いた。虚空を見ていた瞳にユエを映し、表情からその心を推し量る。
ユエの目に見えたのは、王国をどうこうしてやろうという「欲望」ではなかった。彼女はひたすらに、青き星の願いと悲劇の少女に報いたいだけなのだ。及び腰で鈍くさい大陸の政に呆れはしても、王や民を憎んでいるのではない。歴史が残った残らないは運でしかないと言ったのは本心で、嫌悪の対象は唯一、魔法院のみ。
それを知って、ソラは率直に聞いた。
「貴方も、そう思っているんですか? どうにか穏便に済ませようと」
「ソラ様はほんに鋭くていらっしゃいますなぁ」
ユエは参ったとばかりに手をあげた。
「まあ、こちらも大陸さんの内情はぼちぼち把握しとります。大きな波風立てんと事を運ぶなら、聖霊族様との誓いも破ることにはならんはず。とは考えておりますよ」
ユエの憤慨の矛先が王国ではないからこそ、話は簡単だった。諸悪の根元である魔法院に全ての悪を押しつけ、王国もまたでっち上げた歴史の「被害者」としてしまえば立つ角もない。その実、だいたいのところは魔法院が悪いので矛盾もないから都合がいい。
ユエの思惑は分かった。その上で、ソラは彼女から聞き出したいことがあった。
「貴方は私にどうしてほしいんです?」
ソラは「ある一言」を求めていた。それを察したユエはあくどい仮面を被って、柳眉を嫌みたらしくゆがめる。
「そない言うて、もう分かっとるような顔してますけど」
「想像はついてますよ。でも――」
「申し訳ありません。私、少し気分が悪いので外の空気を吸ってきます」
唐突にジーノが席を立った。彼女は実際に顔色が悪く、故国の醜悪に嫌気がさした様子だった。ソラは眉根を寄せてその姿を見送り、瞬きを挟んで視線をユエに戻した。
「私は貴方の口からこそ、聞きたい」
「……確かに、その役目はうちが負わなあきまへんな」
ユエは自嘲気味に口角を上げて居住まいを正した。
「うちがソラ様にお願いしたいのは、ひとつだけ。どうか……」
これは誓約だった。互いの立場を正しく把握し、真意を知って、決して約束を違わぬと縛るための。
テーブルに額を押しつけるようにして、ユエが頭を下げる。
「我が野望のために。死んでおくれやす」
「……」
ソラは誠実に応えた彼女をまっすぐに見つめ、
「左様であれば。貴方の望み、叶えましょう」
希望と絶望、諦念と執念を込めて言霊を紡いだ。




