14‐5 昔話|始まりの魔女
「地の軸ができてから最初に招かれたんは、陰の魔力を持つ幼い女子さんでした。青星様も早うケリつけようて思ったんでしょうな」
「対となる魔力を得て、軸による魔力の循環体系を完成させようと考えたんですね」
「ええ」
「最初から青星様のもとに招くことはできなかったんですか?」
「できひんので、異界の方は地上の聖域に顕現なさるんでしょう。青星様に直接聞くなりできればええんですけど、それは叶わぬ話です」
ユエは首を左右に振り、次の話題へ移るために三本目の巻物を解く。
「魔女様は青星様がお作りになった聖域のうち、大陸でひっそりと生きのびていた聖霊族様のもとへ送られました。魔女様は聖霊族の皆様に手厚く保護され、二人姉弟の従者を伴い軸を目指すことになりました」
言いながらユエは顔をしかめた。取り出した扇子で口元を隠し、声だけは冷静に続ける。
「それをどこから嗅ぎつけたのか、当時発足したばかりの魔法院が無理くり絡んできたんですわ」
これはユエの私見であるが、魔法院はこの頃から大陸を獲る考えがあったのだろう。だからこそ虐げた聖霊族にすり寄り、世界を救済する旅に一枚噛んで、手っ取り早く功績を手に入れようと考えたのだ。
そんな経緯もあり、異世界から招かれた少女の付き人は聖霊族の姉弟二人と、魔法院のお歴々という顔ぶれになった。
「今の魔法院を見れば想像は容易いと思いますけど、それなりにひどい旅だったそうです。本来であれば厳粛であるべき旅程は魔法院のド腐れ――失礼、お偉方が権威を笠に着て贅沢三昧のものに。周囲から至誠を尽くされるはずの魔女様もその年齢や出自ゆえか軽んじられ、彼女を一人の人間として尊重したのは聖霊族の従者だけでした」
問題はありつつも、一行は南の軸へとたどり着いた。
しかしそこでひとつ、誤算が生じた。
「魔女様と長く過ごすうちに、聖霊族様も情がわいてしもたんでしょう……。お二方は魔女様を逃がすため、種族の使命に反して魔法院に立ち向かわれた」
前述の通り、聖霊族は感情や意思を持たない特異な種族である。しかし、どんな存在でも時を重ねれば性質は移ろうものだ。周囲の環境が変われば、適応するため己のあり方を正す。
聖霊族にしても、長きに渡る迫害の経験により、「理不尽」という思いを抱くようになったのかもしれない。魔女を導いた聖霊族の姉弟は、幼く弱々しい子供に「同情」の念を抱いたのだ。
「旅を供にした者同士、土壇場で乱戦にもつれこみ……最終的に数で勝った魔法院の連中が姉弟二名を討ち取り、魔女様の目の前でとどめを刺しました」
「……」
「ご姉弟を慕っておられた魔女様は血の涙を流し、嘆き恨みながら軸の帳の中へとその身をお投げになられました。呪詛と化した彼女の精神は軸に焼き付き、かくして世界は災厄を繰り返すようになったのです」
魔女がこの世界に招かれた理由と、死して世界を呪った由来。
大陸の文献では決して知ることのできないその記録は、まずジーノに衝撃を与えた。兄から伝承記の記述は信用ならないと聞かされていたが、まさか本当に隠蔽した真実があろうとは考えてもなかった。
セナにしても、恨み続けてきた魔女の真相を聞かされて心が揺れ動いていた。エースも沈痛な面もちで巻物を見つめ、胸の内にわき上がった憤りを堪えている。
対して、ソラは平然を崩さなかった。
つい先ほど自らの行く末が決まってしまった彼女にとって、「始まりの魔女」と呼ばれた少女の顛末など知っても何ら意味のない事柄だった。思うことがあれば、「そりゃあ、恨むよなぁ」。ソラは魔女の最期をしみじみ肯定した。
それぞれの反応を見て、ユエはセナに視線を定める。
「セナはん。アンタまたうちの話を疑ってるやろ」
「……まるで自分も魔女の旅について行ったみたいに語りやがるなぁ、とは思ってますよ」
「この話には後日談がごさいましてな」
彼女は鼻で笑い、もうセナを見ていなかった。
「魔法院の中にも一人くらいはまともな人間がおったそうで……言うても上司を諫めることもできない腰巾着ではあったのやけど。その方も目の前で子供に死なれて、さすがに気分が悪かったんやろなぁ。大陸に帰ったあとしばらくすると、救済の旅が失敗に終わった事実を公表し罪を償うべきと訴えたらしいんや」
だが、魔法院としては口が裂けても失敗したとは言えない。汚点を消したい院の老人たちは手っ取り早く告発者を組織から追放し、刺客を差し向けた。
「その追放者がまたしても東ノ国に渡ったっつーことですか」
「元々な、海流の関係でクラーナあたりからだと、この国に漂着しやすいんよ。その人はほんの小さな船にやせ細った姿で我が国にたどり着いた。そしてうちらのご先祖様が後悔を聞き、巻物に書き残した。そういう、きちんとしたいきさつがあって記録が残っとること、ご理解いただけました?」
「……」
「その後、大陸では魔女様の恨みに手を貸した裏切り者として、ついに聖霊族様は滅ぼされました。こうして星の守り手である方々は完全にこの世界から姿を消したのです」
ユエは無愛想に扇子を閉じ、テーブルに置いて軽く頭を下げた。これにて昔語りは終わりである。




