14‐4 昔話|星の生命
「黒き御方の生は終わることのない苦しみでした。そうやからこそ、白き御方は彼らを丁重に扱い、病以外の苦しみがないよう持てる全てを施しました。痛みを理解し、薬を学び、苦しみを少しでも和らげる方法を模索したのです」
聖霊族というのは、特性として感情や意思というものを持たなかったそうだ。自己がなく、ひたすら使命のために生きて死ぬ。そんな人間らしからぬ振る舞いが、よりいっそう人々の恐怖心を煽ったのかもしれない。
以後も人間による迫害は強まるばかりで、聖霊族は同胞を減らしていった。
「約千五百年ほど前のことです。最後の一人となってしまった黒き御方と年若い白き御方が数名、対立が激化する大陸から逃がれて我が国へたどり着きました」
東ノ国の人間はもともと、海を人知の及ばぬ領域として畏れ崇拝してきた。荒れ狂う波が人々を波に飲み込み帰さない一方で、穏やかであれば魚介などの恵みをもたらす。東の民にとって神聖未知なるその激流は比類なき力の象徴で、人の思惑など波飛沫ひとつで藻屑に変えてしまう威光だった。
そんな深淵を乗り越えて何者かが現れたのなら、民の目に海洋の化身と映るのも道理だった。その国では見ない金の髪と青の目、黒い肌と赤い目を持つ美しき姿をしていたのなら、なおのこと「人」とは思えない。そうして東ノ国の祖先は聖霊族を尊きものとして受け入れた。
「その後、五百年ほどの間でしょうか。我らがご先祖様は流れ着いた方々から種族の務めを聞き、これを失ってはならぬと隠し守った」
隠匿を続けながら、東ノ国は聖霊族から符術や薬学の知識を得た。そういう前提があって、この国は小さいながらも医療に関して他国の追随を許さぬ地位へ上り詰めたのだった。
閑話休題。
しかしながら、長命の聖霊族も無限の寿命を持つわけではなかった。
「やがて最後の黒き御方がお隠れになり、ついに光陰はその一方を完全に失ってしまったのです」
星の活動維持が難しくなるのは必至だった。
そもそも、星の内部を巡る魔力の循環は片方だけでは成り立たない。正常なサイクルでは、光の魔力が生み出した熱量を星が動力として消費する。星の活動によって熱を失った動力は不純物の塊となるが、陰の魔力がそれを収集して余計な物を取り払い、光の魔力に引き渡して再び熱を得る。その繰り返しで星は形を維持し、地表では生命が躍動してきた。
そういう構造だから、陰の魔力がなければ熱量は消費される一方となる。黒き者を亡くした白の聖霊族は、失われた魔力をどうやって補うか考える必要があった。
残念ながらすぐに答えは出ず、時間だけが過ぎていった。さらに同胞の数は減り、思案している間に星が滅びてしまう可能性が現実味を帯びてきた。
そこで、今からおよそ千年前のこと。聖霊族の中ではまだ年端もいかない少年が、不足していくばかりの熱量を補う策を打った。それは問題の先送りにすぎなかったが、現在まで続く世界の根幹となった。
「我々は天地を貫き大地を支える軸を形成したその御方を、夜空に燦然とある星になぞらえ、青星様とお呼びします」
「青星……」
太陽以外で、地球上から見える最も明るい恒星の名。天狼、あるいはシリウスともいう。その呼び名は当然のことながらこの世界では馴染みのないものだったが、偶然にもどの星を指すかは一致していた。
青星が事前に語ったのは、星の内部に流れる光の魔力に自分のそれを合流させ、精神を焼き付けることだった。青星は肉体を捨てて魔力を捧げ、対流の一部になる。それにより星は一時的に熱量を回復し、また青星の意思によって魔力循環の操作が可能となった。
「消費されるだけなら、青星様の魔力が加わろうとも不足は解消されないのでは?」
ソラの指摘にユエは痛ましい思いで目を伏せた。
「ですから、しばらくは聖霊族様の仲間内から光の魔力を受け渡す人柱が選ばれました」
「人柱……といっても、彼らはもう……」
「そう。東ノ国に渡ったのはほんのわずかです。そして大陸に残った方々も既に絶滅寸前でしたから、星の危機は相変わらず目の前にありました。もう世界の終わりもやむなしと我らがご先祖様も諦めました。そのとき、地の軸にいてはる青星様が一手を打たれたのです」
「それが、私みたいな異世界の人間をこの地に招くことだったと?」
ソラの答えにユエが頷く。
そこで、セナが腕を組んでため息をもらした。
「地の軸を作ったのが青星ってんなら、そいつは死んだんだろ。何でアンタはそんな、さも真実かのように語るんだ?」
少年は青星が地上を離れたあとの出来事に言及できるユエの言葉を疑っていた。その態度は演技ではないようだった。ソラは彼を横目に盗み見ながら、不明だった状況をひとつ把握した。セナはユエと何らかの利害が一致し結託したが、相手側の事情を深くは知らないらしい。
セナはなぜ、ユエから詳細を聞き出すこともなく同調したのか。ユエはどんな甘言を弄して彼を心変わりさせたのか。
ソラは二人を俯瞰的に観察して、真相を探ろうと試みる。
「それは私も不思議に思ってました。青星様が前もって説明でもなさったんですか?」
「いいえ。青星様が軸を作って以降のお話は、大陸史に記録された数々の出来事を年代に沿って勘案し、導き出した仮説です」
「仮説、ねぇ」
半信半疑であきれた声を返すセナに対して、ユエは感情を動かさない。
「むろん、ご本人からお聞きした話とちゃうし、東ノ国としてもそれが真実だなんて断言するつもりはあらへん。まぁそれはそれとして、続けてよろしいやろか?」
ユエは少し口調を強くして、話題を締めるまで無駄口を挟むなと言外で訴えていた。セナはそっぽを向いて、「どうぞ」。気が腐ったようにつぶやいた。
「長々とお話しいたしましたが、これはあくまで本題の前置きです。その先こそが〈始まりの魔女〉、我が国でいう崇子様のお話となります」
ソラが求めた「魔女」の素顔がこれから明らかになる。




