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私がそれを望むから  作者: 未鳴 漣
第一章「魔女になる覚悟」
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2‐2 雪合戦

 少女はソラの腰に思い切りタックルをかまし、雪の上に押し倒した。ジーノは予期せぬ事態に呆気となり、一拍置いて青くなった。ぐったりとするソラの横に膝をつき、


「ソラ様! 大丈夫ですか!?」


 少女を引き剥がし、ソラを上向きに返して肩を支える。反対側にポイッと放り捨てられた子供は尻餅をついて呆けていた。


「あれ? エースお兄ちゃんじゃない?」


「ユナー! お前っ、足早すぎだっての……!」


「セトル、そう言わないであげてよ。駆けっこはユナ姉の数少ない取り柄なんだから」


「その分カムが足遅いっていうね! アハハ!」


「ベリック! それも言わないで!」


 あとから三人の少年が追いかけてきて、坂を上りきったところで膝を掴んで立ち止まった。全身で息をして、かなり疲れた様子だ。その後ろにもう一人、少女が悠然とした足取りでやってくる。


「このくらいで息を上げるなんて、三人ともたるんでるわねぇ」


「おまっ! ワンコロに乗ってるくせしてそーゆーこと言うか!?」


「ワンコロじゃない! 女狼シルベよ! この子は私の足なんだから、文句を言われる筋合いはないわ」


 最後の少女はいやに勝ち気で、立ち上がれば優に大人の背丈はあろうほど大きな犬の背に乗っていた。犬は雪よりも白い長毛が特徴で、汚れひとつない美しい毛並みは甚だ手入れが行き届いていることを示していた。


「ってことは、この中じゃミュアーの足が一番速いわけだ」


「分かってるじゃないのベリック。シルベに触ることを許すわ」


「ありがたき幸せにございます王様。フカフカ~」


「俺はシャクゼンとしねーぞ……」


 お調子者の少年が毛の海に顔を埋め、生意気な方が口をとがらせてそっぽを向いた。残る大人しそうな一人が、ソラを轢いた少女の隣にしゃがみ込んで尋ねる。


「ユナ姉、どうしたの? もしかしてお兄ちゃんに怒られた?」


「あのねカム。ユナってば間違えちゃったみたいで……」


「間違えた?」


「お兄ちゃんが知らない人だった」


「んーと。え? どゆこと?」


 そこでようやくソラが立ち上がり、コートについた雪を払い落とした。彼女は初手で暴力をキメた子供にどんな顔をしたらいいのか分からず、指にVサインを作ってへつらった。本人としてはなけなしの親しみを表したつもりである。


「どうも……。知らない人です」


「知らないお姉ちゃん、ごめんなさい! ジーノお姉ちゃんと一緒にいたから、てっきりエースお兄ちゃんだと思って。それで……」


「髪の毛がフード――じゃない、帽子で隠れてたんだから仕方ないです。反省してるならそれでいいし。子供が元気なのはいいことですので」


「というか、ジーノ姉ちゃん。この人ダレ?」


 話の腰を折り、調子のいい少年がジーノに聞く。


「教会のお客様です」


「へぇ~、お客様。お名前を伺ってもよろしいですか?」


 少年は急にホテルか何かの従業員のようにかしこまり、ソラを見上げた。昔から子供の相手が苦手なソラは視線を迷わせながら答える。


「ソラです。えーっと、その。よろしく」


「はーい。ソラ姉ちゃんな。よろしく~!」


 彼は手のひら返しで年相応に戻って、


「俺はベリックっていうんだ。そっちにいる同じ顔の二人は弟の方がカムで姉がユナね。毛玉に乗ってツンツンしてる奴がミュアーで、その隣にいるガサツそうなのがセトル」


「もー! 同じ顔とか言わないでよ」


「双子って言ってもユナたち全然似てないし」


「毛玉じゃなくてシルベ! 間違えて覚えられたらどうしてくれるのよ」


「ガサツってのは否定しねーけど、もう少しマトモな紹介しろよな」


 ベリック少年のテキトーな紹介に不満を覚える四人が彼の背中に続々と雪玉を投げる。ベリックのコートが真っ白になったところに、また一人が坂を上ってきて顔を出した。


 エースである。


「子供たちが走って坂を上っていったって聞いたから、様子を見に来たんだけど……」


 その声を聞いた女子二人が黄色い悲鳴を上げた。


「エースお兄ちゃん!」


 少女たちはいそいそとエースに駆け寄り、それぞれ彼の手を取ってご機嫌になった。年頃の女の子は同年代の男子よりも年上の青年にお熱らしい。何とも可愛らしい光景だった。


 一方で、男子三人が悪い顔をしていた。


「ソラ姉ちゃん」


「何ですかな? ベリックくん」


「ちょーっとこっち来てくれる? ジーノ姉ちゃんも」


「私もですか? 構いませんが、いったい何なのです?」


「まあまあ、あとで分かるから」


 ソラとジーノがベリックの方へ歩いていき、セトルとカムは抜き足差し足でエースの横手に場所を移した。エースはキャッキャとまとわりつく女の子に少々手を焼いているようで、男子連中の行動に気が回っていない。こそこそと歩く二人がエースの背後までたどり着く。


 そこでベリックがソラたちに言った。


「ハイお二人さん、エース兄ちゃん呼んで」


「え?」


「いいから早く!」


「エ、エースくん!」


「お兄様ー!」


 エースはすぐさまソラたちの方を振り向き、「何でしょう」。彼が口を開いたタイミングでセトルとカムが死角から走り出す。二人はエースの横っ腹めがけて飛びかかった。ソラはつい先ほど地面に突き飛ばされた自分を見るようだった。思わず目をつぶり、ミュアーとユナを巻き込んでの大惨事を予想して身構える。


 だが、いつまで待っても悲鳴らしきものは聞こえてこなかった。その代わりにベリックが残念そうな声を上げた。


「ちぇッ! まーた駄目だったか」


 ソラは怖々と目を開ける。


 襲撃を見破られたセトルとカムは逆さまになってエースに抱えられていた。一部始終を見ていたジーノが言うには、セトルたちが走り出した瞬間、エースは少女たちをそっと離して後ろを振り向き、突っ込んできた二人を軽く両脇に捕まえたのだった。


 セトルとカムは髪の毛を逆立てて、


「にーちゃんってば、こういう時だけは馬鹿みたいに鋭い」


「さすがエースお兄ちゃんとしか言いようがないけど、何でいつも分かっちゃうんだろ?」


「こんなの反則だ。普段は鈍ちんのくせにぃ~!」


 ぐったりと脱力して観念するカムとは正反対に、セトルはじたばたと手足を動かして悔しがった。エースは二人を地面に下ろすが、懲りない少年たちは雪玉を作って投げ始める。標的となったエースは巧みに避けてコートに雪の粉すらつけさせなかった。


「にーちゃんに当てた奴が勝ちな」


「三対一なら勝てるかも!」


「それでいっつも負けてるんだけどね~」


「ベリックうるさい!!」


 ベリックも加わった三人でエースを囲い込み、次々に雪玉を放る。


 そのやりとりを外野から見ながら、シルベの上でミュアーがため息をついた。両手を肩の高さに上げ、やれやれと言いたげに首を振る。


「まったく、あの子たちっていつまでも子供なのよね。困っちゃうワァ!?」


 彼女の側頭部に雪がぶつかった。


 髪の一部を白く染めたミュアーは目を丸々と見開いたあと、不機嫌をダダ漏れにして雪玉が飛んできた方を見た。


 セトルが真っ赤な舌を出し、顔の横で両手の指を小憎たらしく動かしている。


「にーちゃんの前だからってお澄まししてんじゃねーぞ、ミュアー! ウキャキャッ!」


 黙っていればいいものを、セトルがエースを引き合いに出して冷やかすものだから、ミュアーは頭に来てシルベから下りた。彼女の足は全く動かないわけではなく、動作が鈍いだけで歩行自体は可能だった。


 ミュアーはその場に屈んで雪を堅く握ると、セトル目がけて剛速球を投げた。雪玉は見事セトルの後頭部で砕け、不意打ちを食らった少年はそれまでの調子を一気に下げて投手を振り返った。


「おーおー。シルベから下りたってことは本気だなお前。いいぜ、相手してやるよ。泣いたって許してやんねーからな!」


「は? 泣くのはアンタの方でしょ」


 二人は互いに腰に手を当て、仁王立ちになって睨み合う。


 新たなる勝負を察したベリックがかかとを引きずって地面に線を一本引き、陣地を分けてミュアーの側に着いた。


「よっし! 舞台は整った! やったれミュアー」


「じゃ、僕もミュアーの味方ってことで~」


「ユナは雪まみれとか嫌だし審判やるね」


「お前らがそっちなら俺は大人組をもらうかんな! ジーノねーちゃんもこっち!!」


 こうして雪上決戦の火蓋は切られた。

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