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私がそれを望むから ―終わりの魔女と死の聖人―  作者: 未鳴 漣
第四章「そして憎悪が果てるとき」
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13‐7 知らせ

 ケイの手紙がエースの元に届いたのは、彼女が弟子たちの行方を憂えてから少しあとだった。船室の窓をコツコツと叩く小さな折り紙に気づき、エースは外へ出てそれを受け取った。文面はセナとの連絡が取れなくなったことから始まり、こちらの様子を案ずるものだった。


 エースは表情を曇らせ、ソラの部屋を訪れた。ノックをしてドアを開くと、ジーノもちょうど一緒だった。


「ソラ様、師匠から知らせが届きました」


「先生の方から? もしかしてアイツらを捕まえた?」


「いえ……それが、今回の小騎士様の行動は上司の指示ではなく、独断のようなんです」


 ジーノは目を見開いて驚きを露わにした一方、ソラは平然としていた。彼女はベッドに腰掛けたまま、口の中で軽く咳込んでうつむいた。


「そんなこったろうと思ってた」


「ソラ様は知ってて彼の話に乗ったんですか!?」


「だって……」


 ソラは顔を上げようとして、やめた。


 東ノ国へ行く選択をしたのはソラ本人だ。その理由に二人を使ってはいけない。エースとジーノを無事に親元へ帰したいと願うなら、絶対に。


 危うく出かかった言い訳を喉の奥に飲み込み、ソラは天井を見上げた。


「遅かれ早かれ、魔女について知る必要があった。王都に行ってどうなるか、誰が何を考えて待ち受けているか分からなかったし。ユエさんが言うように知識で武装しておかなきゃって思ってさ」


 ひょっとしたら東ノ国で保護してもらえるかもしれない……などと、思ってもない楽観を述べる。


 エースはその様子に不可解を露わにした。


「今の状況ですが、小騎士様は職務を放棄してユエさんに同調し、ソラ様を東ノ国へ向かわせている……ということですね?」


「そうだね」


「彼が騎士の立場を捨ててまで従う理由が想像できない貴方ではないでしょう」


 もちろん分かっている。初対面で銃口を向けたあの少年が魔女ソラに対して望んでいることなんて。


「どうして……受け入れてしまったんですか……」


 その言葉はエース自身を責めるものであった。最悪を想定している彼に、ソラは合わせる顔がなかった。奥歯を噛み、天井を見つめる目を閉じて、ゆっくりとベッドに倒れ込む。


「ソラ様!? もしやどこか具合がお悪いのですか?」


 ジーノがあわててソラの隣に駆け寄る。


 エースは無言だった。こんな態度では不審を買っても仕方がない。いっそのこと、愛想を尽かして故郷に帰ってくれないかとソラは願う。ジーノの今後を放ってはおけないと思いながらも、もう全ての責任を下ろしたくなるときがある。


 ソラは布団の上をずり上がって枕に顔を埋め、


「アー、ちょっと頭が痛くて。船酔いでもしたかな? ハハハ……」


 頭痛は嘘ではない。それ以外にも痛む関節を撫でながら、ソラは情けない声で消え入るように言った。


「先生から手紙が来ちゃったんじゃ、黙っておくわけにもいかないよね」


「……」


「エースくん。ケイ先生と別れてからこれまでの経緯を簡単にまとめて、返事しといてくれるかな」


「……、承知しました」


「よろしく」


 ごめんね、とは口が裂けても言えない。その後、ソラは頭痛薬をもらって横になった。窓に切り取られた空は薄い紫に染まり、浮かんだ雲が茜色に照らされている。郷愁を覚える色とはまさにこれで、ソラは苦しい胸を知らないふりでごまかした。


 翌々日の昼前、一行は宮上へ到着した。五日ぶりの陸で、ソラは地面に降り立っても足下が揺れている気がした。異国の町並みは生まれ故郷である日本の景色――、歴史書籍の図画で見たそれにそっくりだった。蒸気機関車が走る前、まだ馬や人の足が流通の主要だった頃の風景であるため、懐かしさを覚えることはなかったが。


 首都を観光する暇はなく、着岸して間もなくソラたちは豪奢な馬車に乗せられて別の港へ出発した。朱櫻へ着くのは夕方になる見込みだった。

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