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11‐9 咄嗟

 ジョンは巨人の肩にいる間も、鳥の目を借りてナナシの様子を逐一把握していた。そのためナナシがソラに撃退されそうになったことも、何者かが彼の腕を引いて窮地から救ってくれたことも知っていた。


 彼女は岩の巨人が瓦解し始めたのをきっかけに、まず地上の氷傀儡を昇華させた。自分の巨人についても気体に転じるよう構成を改め、ただの氷塊となったそれが崩れる間に腕を伝い下りる。ジョンは大量の冷気を隠れ蓑に、ひょいひょいと家の屋根を渡っていった。


 時計塔の裏手までたどり着き、わき腹を押さえてのたうち回るナナシを見つけた。ジョンは地面に降り立ち、彼の隣に馳せ声をかける。


「なな、だいじょうぶ? いまなおしてあげるね」


「ジョン! 来るのがちょっと遅いぜ相棒」


「ごめん~、ね」


 ジョンはナナシの手をそっと掴み、光の魔力を循環させて彼の傷を癒そうとした。しかし、濃霧の向こう側で「ぎゃっ」と短い悲鳴が上がったので、ジョンは行為を中断した。


 声が聞こえた方向に体を向け、無防備な相棒をかばう。ナナシの傷は幸いにも深くない。今は止血だけして逃げる方が先だろうか。迷っていると、霧を払いのけて一人の男が姿を現した。


「おやおや? きみはたしか、オネーチャンの……」


「止血を」


「んにゅ?」


「早く、その方の止血を。難しいのなら自分が変わりましょう」


 異邦の衣装に身を包む彼に敵意はなかった。かといって味方という雰囲気もなかったが、男はしれっとナナシの横に膝をつき、懐から取り出した手ぬぐいを魔法で清めて傷口に押し当てた。また、腕に絡む短冊の帯を解いて包帯代わりに巻きつけ、胴体を縛り上げる。


 その帯を見てナナシが喜色を浮かべた。


「あ! これさっき僕のこと引っ張って助けてくれた蜘蛛の糸的なやつじゃん。まあ引き上げるってか、引きずり下ろされたんだけど――イッテェ!」


「ふむ、見た目よりはお元気なようですね」


「もうちょい優しくしてほしヒギャッ」


 男に傷を軽く叩かれたナナシは蛙のような声を出し、半泣きになった。一度助けられたとあり、ナナシは彼に気を許している。


 他方、ジョンは疑念を隠さずに男をじっと見つめる。ナナシを引きずってさっさと騎士に引き渡すことも可能なのに、異邦の彼にその意志はない。それどころか、まるで最初から連んでいたような、そばにいて当然と言わんばかりの気安さがあった。


 男は懐柔を試みるでもなく、同じ熱量の視線でジョンを見て返す。


「……ま、いいわ。ぼくたちとてきたいするつもり、ないみたいだし」


「ご理解いただけて何よりです」


「そしたらね。ちょっとななのこと、おねがいしても?」


「この機に撤退するのが得策かと思いますが」


「ちょとちょっとよ。しかえし、まだすんでないから」


「……分かりました」


「ありがっとーね」


 ジョンはにっこりと笑い、颯爽と霧の中に姿を消した。


 彼女が言う「仕返し」とは、ナナシの腕に対するものである。切断されたそれはジョンの施術でつながれ、神経も指先まで通っている。だが未だに動きは悪く、片腕は失われたも同然だった。


 ならばこそ、ジョンは恨みを晴らさなければならない。ナナシに抱き上げてもらえない現状は彼女にとって大問題なのだから。


 少女は霧に紛れ、まだらに残った氷傀儡を打ち壊す騎士の殺気に己の気配を隠す。小さな体をさらに小さく縮めて、頭のてっぺんから見えざる魔力の紐をするすると伸ばす。獣使いの触手は剣士の股下を通り、魔法使いの横をかすめ、地面の中をも這いつくばって目標を探した。


 復讐の対象を見つけ出すのは案外、早かった。


「いたいた……。まっててね、オニーチャン」


 ナナシの腕を切ってくれやがった青年の頭に紐の先を絡め、まずは視界を共有した。青年はすぐさま異変に気づき瞳を揺らすが、ジョンの拘束によりその目は下を向いた。ナナシと同じ魔力を持つ女が焦点の合わない目をさまよわせている。


 この状況であれば自分が手を下さずとも彼女を殺すことは可能だった。感覚を乗っ取った青年の手で首を絞めようか? 胸に剣を突き刺すのでもいい。


 だが、そのどれも違う。


 ジョンは着実に目標へ近づきながら思案を続ける。自分は目の前で大切な相棒を傷つけられたのだから、望むらくは同等の痛みを与えることだ。それで結局どちらを血祭りに上げるかといえば、ジョンは迷わず青年を選んだ。


 カシュニーで魔力の徴発をやってのけた彼はジョンにとって要注意人物だった。自分に勝ることは決してないが、その一歩後ろをついてくる優秀な頭脳など邪魔でしかない。ジョンは彼を始末するこの機会を逃したくなかった。


 視覚に続いて青年の聴覚も捕らえ、少女は周囲の音に耳を澄ませる。


「おい、エース。どうした?」


 カシュニーでオカーサンを必死に庇っていた女が違和感を覚えて話しかけてくる。あとはしゃがれた老人と、知らない女の声が重なって何か言っていた。それを青年の耳ではなく自分のそれで聞き取り、ジョンは標的が目前と確信する。


 ――オニーチャンをよこからくしざしにしたら、オネーチャンのかおにちをはいて、まっかにそめてくれるかな。


 ジョンの足は軽やかに走り出し、警戒して四方を振り返っていた老人の横を駆け抜けた。魔力を凝縮させて作り上げた不屈の刃を握り、彼女は満面に快感を浮かべて切っ先を突き出す。


 その先端が青年の肺を横から貫こうという時、


「エース!!」


 これまで息も絶え絶えだった魔女が左手を張って、何よりも大切な青年おのれを押しのけた。

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