10‐10 推理
皆での夕食は和気藹々とはいかず、食後の情報共有の方が言葉数は多かった。まずはこれまでに起こった宿借り襲撃の被害をセナが報告する。
「俺たちが立ち寄った以外の集落でも被害は出ているが、共通するのは死者の左腕が傷つけられていることだ。出血の状況から見て、死後に損壊を行ったと見られる」
「俺への当てつけはもちろんですが、確実にこちらが後を追ってくるよう意図的にやっているんでしょう」
エースが苦々しい顔でセナに応える。夜となれば気温も下がり、北方出身の彼も元気を取り戻していた。
「確か、生存者がいたはずですよね」
「二人だけな。カシュニーで最初に襲った村の一人で、魔女の扮装や今後の目的地を証言させるために残された奴。あとは五日前の現場で一人が見つかった。二人とも意識を失った状態で発見されたが、宿借りによる外傷はなく、事件から数日後に目を覚ます形で生還している」
「怪我がないにもかかわらず昏睡状態に陥るだなんて」
「それってエースくんが……えーっと、魔力切れで倒れたやつみたいな?」
ソラがモゴモゴと言葉を選びながら、身近な例を挙げる。カシュニーでセナに奇襲をかけられたときに一度、碩都でも宿借りとの交戦中にもエースはわずかな時間だが意識を失っている。彼の場合は保有する魔力量がごく少ないために復帰も早いが、常人が全ての魔力を失ったとすれば三、四日は懇々と眠り続けることになる。
エースはソラの指摘を受けて、過去の記録を頭の引き出しから取り出した。宿借りと対峙した際の出来事を倍速で脳内に再生する。戦線を離れたジーノから聞いたのは、少女が魔力を徴発できることだった。
「被害者は魔力を奪われたのか?」
エースのつぶやきに皆の視線が集まる。セナがその根拠を尋ねようとして、ケイに止められた。
思考を進めるエースも自らに根拠を問う。
まず確実なのは、ジョンに魔力を徴発する術があることだ。それとは別に、先の仮説を突発で思いつくほどエースは直感的な人間ではない。その仮定にたどり着いたからには、どこかにきっかけとなる情報があったはずだ。彼は記録にある少女の発言を抽出して場面を戻っていく。
――しらないことはたくさんあるけど、できないことなんてひとつもない……ぼくが、ななしのまりょくをおかりして。つかいかたをおしえてあげたから……。
ノーラを治療する中で聞いた言葉に手がかりはなさそうだった。セナが加勢する前、ノーラが負傷するより以前へさかのぼり、
――いしがなきゃまほうをあつかえない、へなちょこさんたちと、いっしょにしないで……なまえをつけるとすれば、ちょぞうせき……これはまこうせきじゃない……ぼくのだいじな、まんまるあたまをねらうなんて……。
「まんまるの、ちょぞうせき……」
少女は髑髏の中で怪しく光るものを大切に守った。それを魔鉱石ではなく「貯蔵石」と称し、つまり何かを蓄えておくための道具で、彼女はジーノの強力な火炎魔法を防ごうとした際にこう言った。
――まんまるのをぜんぶつかってもむり。
ジョンは貯蔵石の「何か」を全て使い果たしてもジーノの攻撃を防ぎきれないと判断し、上位の魔力を持つナナシに役目を代わるよう頼んだのだった。あのとき、少女は魔法によって守りを固めていた。ならば消費されるものは「魔力」以外にないだろう。
「あの髑髏の中身……、他人から奪った魔力を保存しているのかもしれない」
それを聞いたセナが今度こそ根拠を問う。
「頭の中でまとめたことを全部言え。今すぐに」
「はい。順を追ってお話しします」
エースは先ほどの推理を包み隠さず全員に明かした。その話には東ノ国の二人以外が耳を疑った。大陸の人間たちが信じがたく思う中、ユエがそもそもの疑問を提示する。
「エースはんの仮説が的を射ているとして、どうして魔力を集めるなんて面倒をして回るん?」
「考えるに……」
ジーノに視線をやって目を伏せたエースに代わり、セナがため息混じりに答える。
「奴らは生き残りを使ってクラーナ行きをほのめかしてます。そうやってご丁寧に教えてくれたんですから、俺たちともう一度やり合いたいんでしょ。となれば、まず何を差し置いても講じなきゃならないのは、そこの火力バカの対策です」
「まさか、ジーノはんただ一人を相手するために、よそ様から魔力をかき集めてると?」
「巫女さん方は知らないでしょうがね、そこの妹は一都市を焼け野原にしても平然と立っていられるような、尋常ならざる魔力の持ち主なんですよ」
セナがジーノを睨む。
「碩都の空で爆発したあの魔法、お前の仕業なんだろ」
宿借りたちに教会を破壊されたとき、怒りのままにジーノが作った「星」のことである。理性のなさを指摘された彼女はばつが悪そうにそっぽを向き、セナの視線をよそに投げ捨てた。
ユエは用心深くジーノを見つめ、話をほかへ移した。
「せやけど、腕を切られた腹いせとは言え被害の規模が大きすぎるわぁ。逃げたふりして後ろに回って、相手の背中をぶすり! とする方が楽や思うけど」
雅な仕草で見えない短刀を握り、えいやと虚空を突き刺す彼女にソラとエースが苦笑いを浮かべる。他方、ケイが二人とは別の渋い顔で言った。
「宿借りの片割れは……いや、両方か。精神が破綻している。エース、白髪の少女が自分たち以外はいらない、と言ったのを覚えているか?」
「確か――ぼくら、つらかったの。を、わかってくれる、ぼくらいがい。いらない。……と言っていたはずです」
「その言葉を踏まえた上で、五日前に見つかった生存者を思い出してほしい」
「親を殺されたってのにニコニコ笑ってやがった子か」
セナが膝に頬杖をつき、理解できないとばかりに口を尖らせる。
「神様が助けてくれたとか何とか、わけの分からねえことを言ってたな」
「あまりの出来事に心が壊れてしまったとも考えられるが、別の見方をすれば、彼女の態度は宿借りに対する心酔とも取れる。そうであれば、あの子はその死を歓迎するほど親を憎んでいたのだろう。虐げられていたのかもしれないな」
仮定のひとつとして、ジョンが言う「僕ら」とは、自分たちと同じ境遇の人間を指すとケイは推測する。
「ノーラの拒絶を引き金として元々の憎悪が肥大し、さらにソラたちへの報復と相まって、彼らの行動はより凶悪性を増した。似たような精神状態の二人なのだから、どこかの地点で思いとどまるなど期待できはしない」
ケイはソラを見つめる。今後、宿借りとの対立はどうしたって避けられない。ならば対峙したその時に逃げ出すことがないよう、ケイは今のうちにソラから覚悟を引き出しておきたかった。
それはソラも自覚していた。
「……私はカシュニーで彼を引き留めることができなかった」
ソラは拳を握ってエースとジーノを順に見やったあと、ケイの視線に応える。
「いずれにせよ、私たちはクラーナへ向かう必要があります」
薪の焼ける音が乾いた空気によく響く。
それまで無口だったツヅミが通る声で聞いた。
「行き先が分かっているのに、なかなか捕まえられないのはどうしてなのでしょう」
「単に後手に回っているということもありますが、まっとうに街道を進んでるわけじゃなさそうなんですよ」
セナは南方の地図を取り出し、異国の二人の前に広げた。
「クラーナ地方は地形の起伏が少なく、大半が見晴らしのいい平野です。石灰の大地で樹木は育ちにくく、森が形成されることはほとんどない。加えて、ただでさえ保水性が悪い土地に降雨の減少まで重なって渇水がひどい現状、草原の萎凋も進んでいて隠れる場所はないに等しい」
「そういえばぁ、〈白銀砂漠〉は観光の名所だけど、よく行方不明になる人が出るよね~。ああいう状態がクラーナのあちこちに広がってるんだっけー?」
「ああ。整備された街道から外れて半ば砂漠化している中を歩くなんて、自殺行為に等しい。そのはずなのに、奴らの足取りは掴めない。いったいどこを進んでるんだか、見当もつきませんよ」
「地上で見つからないのなら、地下を行っているのでしょうか。洞窟などはないのですか?」
ジーノが首を傾げる。その指摘にはセナが首を左右に振った。
「言っただろ、クラーナは石灰の土地だって。地下洞窟なんてあちこちにありまくるぜ。だが、中は迷路だ。誰も地図なんか作っちゃいねえし、ンな危険なところにわざわざ入るとは思えねえな」
「別に言うほど危険でもなくなーい?」
「アン? 暗闇の迷路を迷わず歩ける方法があるってか」
「洞窟をねぐらにしてるコウモリさんとかに聞けばいいんだよ~」
「それはアンタだからできる芸当だろ。特殊な自分を基準にすんな」
宿借りの少女は瞳の色からして獣を使役できると見られるが、そもそも獣使いの陪臣契約は基本的に一対一で、どちらかが死ぬまで切れないものだ。コウモリにしても洞窟全域を縄張りにしてるわけではないのだから、一匹を手下にしたくらいでそう上手く道が分かるはずもない。




