10‐6 衣装替え
南方クラーナでは大陸が統一されて久しい現在でも、古くからの伝統衣装を身につける者が多い。丈が長く深いスリットの入った薄手の上衣に、裾のゆったりとしたズボンを合わせるのが一般的で、そのデザインはソラのいた世界で言うところのアオザイとよく似ていた。
ソラと兄妹はケイに連れられて、とある仕立屋に来ていた。ここはユエたちが泊まる宿のフロントで薦められた店で、生地の品質から縫製の技術に至るまで折り紙付きとの触れだった。意匠も洗練されており、巡礼者一行の服を仕立てるには最適とのことで、この時点でソラは心がひるんでいた。
ファストファッションに慣れきっていたソラは老舗然とした店構えを前にして、二の足を踏む。
「おい、お前も入れよ」
ほかの三人は既に店の中だった。セナは扉の前ですくむソラに舌打ちをする。
「何を悩んでやがる。早いとこ用を済ませてこい」
「いやあのでも、ここたぶんお高いお店ですよね? オーダーメイドとかオートクチュールとか、何かそういう感じの」
「知らん言葉をしゃべるな。仮にも祷り様のお前が服を仕立てるってのに、このくらいの店でなきゃ箔もつかねえだろ」
「量販ものしか買ったことがない人間には敷居が高すぎる……」
「あーあ。そうやってガタガタ抜かしてる間も俺らは外で待ちぼうけなわけだが、この炎天下でロカルシュがブッ倒れたらどう責任を取ってくれるんですかね、祷り様よォ」
「それはアレです。騎士様たちも一緒に入ればいい、のでは?」
「ぞろぞろ押し掛けたら店に迷惑だろうが。四の五の言わずにさっさと行ってこい!」
「ンギャッ!?」
セナは色ガラスで装飾された扉をガバッと開け、腰が引けているソラを文字通り蹴飛ばして店に放り込んだ。
杖にしがみついて店内に入ると、涼やかな空気が頬を撫でた。クラーナ地方の日差しは強いが、日陰であればそよ風が心地よい。窓から潮騒とともに緩やかな風が吹き込み、ウィンドチャイムが繊細な音を奏でている。
ソラが顔を上げ、まず目に入ったのは三体のマネキンだった。着せられた服はまさに芸術で、繊細な糸でふわりと編み上げられたレース、柄が途切れることのない縫い合わせ、薄い生地を傷つけることなく刺された刺繍などなど。どれも一針ずつ手仕事で仕上げられた一級品であった。
ソラは言葉もなく「作品」に見とれる。そのかたわらでケイと店主と思しき男が話し込んでいた。
「お? ソラもやっと入ってきたな。エースとジーノは奥の部屋で試着中だ」
「二人とも、こんな短時間で目移りすることなく着るものを決めちゃったんですか?」
「いや、暑さのせいで未だにフラフラしているから私が見繕った」
「……クラーナに入ってからつらそうでしたもんね。大丈夫でしょうか、あの子たち」
「衣装を替えてしばらくたてば、ここの気候にも慣れるさ」
ケイはちょうどソラの服を吟味しているところだった。カウンターの上に並べられた三着の衣装を順番に手に取り、ソラにあてがっては戻すのを繰り返す。
「うーむ、巡礼者の服は代わり映えしなくていかん」
「そう申されましても、聖人再臨をお祈りする大切な役目を帯びた方の、いわば仕事着ですから」
「聖人か。そう言えば、当代に現れたと噂の魔女は他人に化けると聞いたが」
「お耳が早いですね。私も最近になって教会の知り合いから聞きましたよ。内々で出回っていた人相書きも当てにならないとか。何でも魔法院の初動が間違っていたようです」
「まったく魔法院らしいな」
「プラディナムじゃこの失態を材料に、王都での魔法院の権威を削ぎ落としてやろうと動いている勢力があるそうです」
「東方が院相手に過激なのは相変わらずか。元気で何よりだよ」
何気ない話からノーラの進言がどこまで浸透しているか、探りを入れる。店主の言いようからは、ソラの指名手配も眉唾ものと認識されつつあることがうかがえた。
だが、肝心の「宿借り=魔女」という誤認は未だに払拭されないままだ。彼らの凶行は騎士をはじめ世間の皆から、フラン邸の惨劇を発端に魔女の仕業と見なされている。事態は今のところ、ソラが危惧した展開をたどっているのだった。
ケイはともすれば曇りがちな表情を明るくつくろい、店主に耳打ちする。
「ところで、巡礼者の形式を守りつつも地方独自の色を出した変わり種はないか?」
「お客様……」
店主が得意げな笑みを浮かべる。彼は「少々お待ちを」と言い残して、カウンター後ろの引き出しから薄紙に包まれた一着を取り出した。
基本的なフォルムこそ従来の巡礼服に沿っているが、丸くカットした立ち襟を組紐で飾り、スリットの入った裾はフレアスカートのようにふんわりと広がるデザインだった。ズボンはあらかじめ染めた糸を織って模様を描き、光にかざすと艶やかな流線が浮かび上がるようになっている。
合わせる靴は天然石のビーズで装飾されながらも派手すぎないサンダルを提示された。頭に被るベールは日をしっかりと遮ることのできる生地で、眼前まで迫られない限り、そうそう顔が見えることはなさそうだった。
ソラは服に頓着する方ではないし、縫製やその技法にも詳しいわけではないが、それでも特別と分かる品だった。ケイはその作品を隅々まで鑑賞したのちに満面の笑みを浮かべて受け取り、ソラに押しつけた。
「キミはこれにしよう!」
「これ絶対にめちゃくちゃお高いものだと思うんですけど」
「そうとも。だから大切に着てくれよな。ババアとの約束だぞ」
「決定事項なんですね。分かりました……」
そこに着替えを終えたジーノが出てきた。男装をする必要がなくなった彼女は、白地に新緑の刺繍が映える細身の一着を身につけていた。くるぶしまである裾から上衣の刺繍と同色のズボンが広がり、優雅なロングスカートのようにも見える。可憐な少女であるジーノの姿を華やか且つ爽やかに引き立てる絶妙な装いであった。
本人は着替えを片手にふにゃふにゃとした足取りでやってきて、店主が気を利かせて差し出した椅子に腰掛けた。このまま日陰で休んでいれば少しは体調も回復するはずだ。ソラは自分の服を持って、彼女と入れ替わりに試着室へ入った。




