第十九話
入った部屋は茶室のようにこじんまりとしていて、六畳くらいだろうか。
こんな窮屈なところで面接なんてやるんだなとのんびりとそう思った。
中央には庵があって、地面は畳。
すり足をしてみる、スッ、スッ。滑らかでとてもいい畳だ。
畳を手入れと言うのは聞いたことがないが、床はとてもきれいだった。
壁も風情があるこげ茶色の和紙模様。出入り口のところだけがふすまだった。
老人は扉を閉めていてこちらを見ていないようだったので、壁を触ってみる。
おお、滑らかでとてもいい。
部屋が何十もあるのにもかかわらずよく清潔に保たれている。
それにフロアもあんな長いのにすべすべで手入れが行き届いていた。
この家を掃除している人はきっと仕事ができるに違いない。
俺はそう確信しながら立ち止まっていた。
年配の者が先に座るのが筋というものだろう。おそらく。
老人はゆったりとした足取りでおそらく上座の座布団に腰を下ろした。
落ち着いた動作で、懐から謎のA5サイズの用紙を取り出しながら老人は
「さあさあ、武田くんもそこへかけなさい。」
とすすめてくるので俺は恐る恐る対面の座布団に座った。
勿論正座なのだが、久しぶりなのでなんだか慣れない。足がむずむずする。
手持無沙汰だと俺は無性に五感が活発になる体質で、まぁようは落ち着きのないということなのだが。
畳のいい匂いがした。
辺りは静まっていて、ふすま越しに聞こえるカエルの声はなんだか滑稽だった。
しかし笑うことはできない。今この瞬間もそういう態度を審査されているかもしれないのだから。
老人が俺に目もくれないで謎の用紙を見ている時間は
このカエルの不規則な声から膨らむ妄想で苦に感じなかった。
でもこれは自発性を試すテストでそろそろ話しかけてみようか、なんて思っていると
「君は、妻がいるのかい?」
と老人はいきなり用紙から顔をあげ、話しだした。
俺はまよわず答える。
「はい、います。妻の名前は、」
「確か涼子だったね。前島涼子」
肝が冷えるとはまさにこのことだろう。
俺はびくりと震えたかったが、足がしびれて微動だにしなかった。
なんだ、この違和感。家の前に立った時の同じ、あの感覚。
俺の本能は今すぐに逃げ出した方がいいと叫んでいる。
が、ほんとに足がしびれていて今すぐに体が動ける状態じゃなかった。
結果として俺は老人と悠長に話す羽目となる。
「しかも婚姻届けの保証人は適当な人で付けたね?」
老人はそう言いながら今まで見ていた用紙を差し出してくる。
俺はそれを見た瞬間息をのんだ。
そう、俺と涼子の婚姻届けのコピーである。
「なぜそれを!?」
俺は思わずそう口にした。すると今までずっと平静に保っていた老人の顔は一気に豹変してゆがむ。
「なぜかって!?なぜだって!?
それは当たり前の事実であり、口に出すまでもない!
ワシはあんたの無警戒さに呆れを通り越して困惑してさっきまで言葉が出んかったわい!
おう、そんな間抜けな小童に教えると、ワシは前島霊山。涼子の父親にほかならん!たわけ!」
確かに前口上がとても長いことや叫びながら話す様子は涼子そっくりであった。
俺は老人の言ったことに驚きを覚えるというより、その涼子との似ているぶりに感心してしまった。
なのでつい
「なるほど」
と物知り口調で言ってしまった。それがまた老人の琴線に触れたのか、
「なにがなるほどじゃ、ボケ!そこは一言、挨拶もしないで結婚をしてすみませんじゃろうが!
ったく。こんなボケにどうして涼子が惚れたのか見当もつかん。さえない顔じゃしのう。
なんだ、セックスか!?セックスがうまいのか!?」
本当に涼子と似ているなぁ、と思った。なので涼子と話しているみたいに話してしまった。
「いえ、どちらかというと娘さんの方がうまいですね。
体位もいい具合にマッチしてくれるし、フェラなんて極上ですよ」
おっと、しまった。
流石に調子に乗りすぎたらしい。俺は老人が突然懐から銃を取り出したところで口を止め、手をあげた。
そういえばヤクザだっけか。
その鷹のような眼光、そしてドスの利いた声。
うむ、涼子である。なので俺は手をあげたもののあまり恐怖していなかった。
「おい、喧嘩売っとんか!?ワレェ!?しまいにゃ殺すぞ!」
うーん、つばが飛んで汚い汚い。全く、老人というものは。
「お父さん、落ち着いて」
俺はなだめにかかるも
「だぁれが!お父さんじゃ!!!!」
パーン!!
「うおっ!?」
反射的に避けてしまった。
いけない!座布団に傷が!というか実弾!?
涼子との喧嘩が初めて役に立った。あいつの場合はBB弾だったが。
お父さんは呆然としながら俺を眺める。
あぁ、粗相だったか………俺はもう一度座りなおす。
それを見てお父さんは元からしわのある顔をさらにゆがめさせ
「おのれぇ………いい度胸しちょる。よし、そんなに死にたいなら死なせちゃる!」
するとお父さんは銃を投げ出し、袖口をまくりグイっと右腕の力こぶを俺に見せつける。
「ただし、ワシの拳でな!!銃じゃ味気ないし、おんどれはそれに慣れてるみたいじゃからのう!
覚悟せい!!うおおおおおおおお!」
俺はいい年をして叫びながら拳を振り上げるお父さんを見て、心配になった。
確かに筋肉の付いた良い腕はしているが、老人というものは転んだだけですぐに重症になることが多いのだ。ここで俺が馬鹿正直にぶつかると、ぽっくり行ってしまう可能性もなくはない。
したがって俺はお父さんとのじゃれあいをすることに決めた。
右フック、左アッパー。
ジャブ、そして左へ回り込み。
勢いよく向かってきた割には本格的なボクシングである。経験者なのだろう。
それにキレもある。俺はそれを間一髪かわしかわししていく。
やはり俺から手はあげなかった。確かにいい動きだが、まだ涼子のほうがキレがあって手ごわい。
なのでその必要がないともいえる。
まぁたまにパンチが体に当たりそうになると手で受け止めたりはするのだが。
お父さんはキックをしてこない。俺の脇腹ががら空きなのにもかかわらず。
まぁ総合格闘技じゃなくてボクシングを習っているからかもしれないが。
しかしそれは下半身がうまく動いていないことを示唆しており、そして動きの鈍さの原因にもなっているものだった。
だが、鈍いは鈍いのだが体力は衰えず健在だ。
もうかれこれ二分間、立ち会っている。
だがスピードの緩まる所は知らない。
畳が擦れていく。なんだか申し訳ない。
俺はまだまだ余裕なのは当たり前として。おとうさんは凄い。七十はいっている老体にはきついはずなのによくもまあこんなに動けるものだ。
これが終わったらヤクザの仕事が結構大変な体力仕事なのか聞いてみることにしようか。
そんなことを考えていたらお父さんのフェイントに気づかず左アッパーが顎にかすった。
「ほれほれ!どうした!ぼーっとしてるからじゃ!」
当たって嬉しかったのかお父さんは煽ってくる。
その様子がなんともほほえましい。
うむ、やっぱり親戚交流というのは良いものだな。
もっと早く挨拶しておけばよかった。
後悔、そして無念。
「すみません、お父さん。挨拶が遅れました」
それを声に出す。お父さんはボクシングに集中していて聞いていないのかなと思ったが違った。
「だぁれが!だぁれが、お父さんじゃ!というか遅いんじゃ、ワレェ!
そう謝る気持ちがあるのなら早くぼこぼこに殴られんかい!」
鼻息荒くそう言い返されてしまった。
なんてことだ、俺としては逃げ出してもよかったのに、お父さんはそれが不服に思っていたようだ。
不覚。
そういえば涼子も逃げたり、かわしたりすると怒るな。
ううむ、やはり親子。似ている。
だが、俺は殴られて快感を得るなんていう変態ではないので回避を続行する。
その殴られてこない様子を見て憤慨したお父さんはますます気合いを入れてパンチを繰り出してくる。
しかし、もうこれが限界だろう。
おそらくもうすぐで疲れ果てて座り込むに違いない。
俺としては相手の矛を十分に暴れさせて収まったと思った時にちゃんと話し合いたいと思っているので
こうやって憤慨して体力を減らしてくれるのは大歓迎だ。
ジャブ、ジャブ、そして右に回り込もうとする足の向き。
しかしそれはフェイントでそのまま真正面にジャブ。
一旦引いたと思ったら、グイっと乗り出してきて右ストレート。
外したとわかるとすぐさま左アッパー。
うむ、すごい勢いだ。涼子並である。
これには俺も流石に避けるだけでは対処できなかった。
というか避けるのには部屋が狭すぎる。
ちょっとふすまを開けて外にもフィールドを広げるか、とふすまに手をかけようとしたところ
「あれ?」
すかっ。その手は空を切る。
しかしそのうちに手の行きついたのは胸の感触。
よく手になじんだ感触、それは嫁の胸。
「「涼子!?」」
思わぬ乱入者に二人とも目を丸くし、そして動きが止まる。
しかし涼子はその一瞬を逃さずに俺から手を払い、すぐさまお父さんの腹の付近にかがみこみながら
接近し手刀を入れた。
その様子と言ったら赤くて三倍のモグラロボットが連邦軍の量産型ロボットを倒す某ロボットアニメのワンシーンにそっくりであった。実際にお父さんの腹は突き破られてはいなかったが
間違いなくみぞおちに入っただろう。
お父さんのがくんとした頭から気絶したのだろう、と悟る。
無感動にお父さんの体を受けとめそして座布団を枕に眠らせる。
そして涼子は俺の方を向き
「早くここから出るわよ!」
と怒鳴った。
俺は瞬く間に手を取られたかと思うや否や涼子に引っ張られて部屋を出ていた。
「えっ!?」
外には黒服の銃を構えたごろつきがたくさんいた。
だが驚いたのはそこではない。
そんな良いガタイをした男どもが総勢寝ているのだ。
あっけにとられている俺に涼子はこう説明した。
「お父さんの側近よ。あんた、外に逃げ出してたら殺されてたわよ。
ま、私が倒したけどね」
物音ひとつ聞こえなかったのだが………
まぁ涼子ならやりかねん。
俺は改めて涼子の強さに思い知らされながら
また救ってくれたことを感謝しつつ引っ張られて
広告詐欺の家を出た。




