第十話
コーヒーには利尿作用と言うものがある。そのためにフミちゃんが途中退席されたりでもしたら俺は涼子に誘拐されること間違いないだろう。なのでメニュー表のクリーム他をたっぷり乗せたワッフルを指さす少女にデマを流すことにした。
「あのですね、実は前にショート動画で見た豆知識なんですが………ワッフルとコーヒーを一緒に食べると
抜け毛がひどくなるらしいですよ。」
一瞬きょとんとして、フミちゃんは笑いながら
「そんなわけないじゃないですか。いくらなんでもそれには騙されません。私を見くびってますね?
あと私コーヒー飲めないので元からメロンソーダ頼むつもりだったんですよ。」
杞憂だったようだ。しかしワッフルにメロンソーダって甘いものと甘いものじゃないか。うぅ、想像しただけで胃がもたれる。するとフミちゃんは
「私がコーヒーを飲むとなんか不都合なんですか?」
と聞いてきた。さっきの急な嘘はちょっと不自然だったから当然の疑問だろう。
「あぁ、ちょっとからかってみただけですよ」
「もう、子ども扱いしないでください!」
彼女はぷんぷんと怒っている。ほんとは本音を話したかったのだが彼女は俺たち夫婦の事とは無関係なのだ。巻き込む涼子にも少し俺は怒っているというのにこれ以上彼女を巻き込むわけにはいかない。まぁ涼子の剣幕でまともに弁解できなくともたんこぶ一個出来上がるだけだ。
「所でコンビニにいた時、スミスさん言ってましたよね。」
さっきまでぷりぷり起こっていたのが嘘みたいに冷静な顔で突然そう言ってきた。鉄仮面、今の彼女の顔を表現するにはその言葉が一番合うだろう。
「私の事なんか、妻みたいだって………スミスさん奥さんいらっしゃるんですか?」
「いやー僕は生粋のアニメオタクでしてね。あなたみたいなロリ属性の妻が画面越しに幾人もいるんですよー。たはは。」
「嘘言わないでください。」
ピシャリと言い切られる。会話検定一級を仮免許で持ってる俺の誤魔化しは早ければ早ければいいという判断はおかしくなかったはずだ。これは隙の意図が見えないあの顔を前にすればどんな小細工も無意味と言う事か。ふっ、「初戦は」完敗と言う事か。しかしあいにく二枚舌の俺にはそんなに日常茶飯事。
嘘をまるで屍肉の匂いを嗅ぎつけたオオカミのように敏感な奴が身近にいるのでな。うっかり宝くじの金に手を出して風俗なんて行ったりすると、そいつから見れば普段使わないシャンプーの匂いで疑いをかけ必死に弁護する俺の口から出るあらぬこと三昧は格好の餌食と言うわけだ。
つまりそいつとは涼子の事であるがアイツからしたら俺の二枚舌なんてもんはネギをのせてこんがりと焼きレモン汁につけて食べるに至りつまりお手の元なのだ。それを実証するのにはあんまりにも簡単で
俺の後頭部を触ればわかるだろう。こぶとり爺さんのこぶを取った鬼でもこれは気味が悪くてとりやしないだろう、そんな新期造山帯ぶりが俺の後頭部に現れているのである。涼子が言うには
「髪の毛でカモフラージュされてるんだからいいでしょ。表の顔は流石に勘弁してあげたのよ。私のやさしさに感謝しなさい。」
だそうだ。そんな歪な優しさを持つ人に対して開き直ったらどうなるか、想像もしたくないね。
そんな過酷な家庭環境を持つ俺に言わせてもらえば、フミちゃん………世の中はそんなに甘くない。隠し事というものは心の壁と言う宝箱によって守られているわけでその壁を取り除かなければまず聞き取れはしない!その宝箱にそもそも鍵穴がない場合もあるがある場合にとってはある程度鍵の形と言うものは決まっているというものだ。まず金。シンプルかつ一番これが効く。次にエロス。なんだかんだ人間三大欲求の前には屈するほかはない。または暴力。痛みは恐ろしいものと言う認識は万人共通である。それから解放されるのに口から意味のある音を出すだけなんてのは魅力的条件が過ぎるだろう。
残念ながらフミちゃんはその三つのどれも交換条件として提示せずに聞き出そうとしている。
「で、どうなんですか。奥さんがいらっしゃるのかどうか。」
見据えてるのは自分だと思ってるような目つきだ。ふふふ、逆なのだよ。逆。
「本当のことを言うと………」
「………」
喉をごくりと鳴らす音が聞こえた。男性のそれは気持ちが悪いが女性のそれはとっても魅惑的に聞こえた。
「いません。」
「じゃあなんでまるでいるかのように匂わせたこと言ったんですか」
畳みかけるように効いてくる。ほらきた、嘘おっしゃいと言う心の声が聞こえるようだ。流石にそんなおばちゃん口調ではないだろうが。
「それはですね………最近のナンパのテクニックなんですよ。」
ドン!
「「!!」」
俺の真後ろから発せられる発砲音的何か、おそらくコーヒーのカップを勢いよく机にたたきつけた音であろう、に言葉を失った。おいおい、刑事がかつ丼を机に叩きつけるんじゃないんだから………やれやれこのすぐ真後ろから感じる瘴気、間違いなく鬼。すでに鬼で完成されてるのだが俺の個人的事情によりその言葉に付け加えないといけないとしたらそれは嫁である。
「す、すごい音でしたね。………その後ろの人大丈夫なんでしょうか?」
「え?あぁ、そうですね。」
オロオロしているフミちゃんに対しいつものことなので冷静な俺は俯瞰してみるとなんだか対照的で面白かった。ただ一つ気がかりなのはカップを握りつぶしたりしないかと言うことだ。俺がまた火に油を注ぐ様な発言をするとマジでそれをしかねんのでそろそろお開き時だろうな。
「なんかしらけちゃいましたね。さてそろそろお開きにしませんか?」
「あ、あぁ、そうですね。そ、そろそろ………お開き………」
段々とトーンダウンしている声の調子によると残念がってるようだ。こんな俺でも楽しんでくれてたのかな、とちょっぴりうれしげだったりして。やがて会計表を握り締める彼女はそのまま席を立つかと思えば腰は一ミリも動かず、しばらくうつむいて会計表をクマさんの人形のように抱いていた。
もしや泣いていないだろうな、と心配して声をかけようとしたその瞬間に突然顔をあげてたまりきったものをはきだすかのようにまくしたてた。
「そ、その!ナンパというのはやはり私が好きと言う!………こ、ことでしょう………か。」
しかし言ってるうちに恥ずかしくなったのか最初の勢いはどこへやら後半へ近づくにつれどんどん声量は縮んでいった。
全く箱入り娘の言うことはわからん。ナンパを告白と勘違いしてる奴なんて初めて見た。ほんと甲斐性がそそられる子だ。このままじゃ変な男につかまってヤリ捨てなんてされてもおかしくない。
あーあ、一夫多妻制が日本にあればここでそのまま告白して一生守ってあげたりしたいのだがな。
しかしここはバカでかい女神の像がある国ではないので俺は断らなければいけない。というか断らなければ後ろからコーヒーをぶっかけられて火傷間違いなしだろう。だが、俺はこの子を泣かせたくないのだ。
これでも勇気を振り絞って言った言葉なのだろう。そんな大事な発言を一蹴できるほど俺はワルじゃない。だけど難しい問題だ。背後からコーヒーをぶっかけられることもなくかつ女の子を泣かせない穏便な返しとは。ほんとは今すぐ逃げたい!逃げたいのだが返答もされないで一世一代の告白を終えてしまったフミちゃんの心境を想像すると………できない。
俺はもう言い終わって返答を今か今かと目をつむって待っているフミちゃんの目下に置かれているメロンソーダを見る。グラスにはもう吸えるほどの緑色は残っていないが解けた氷の水によって引き延ばされた黄緑色が氷の穴を遮る膜をして張っていた。それを見て俺はイギリスの名探偵もびっくりの解決方法を思いついた。
「フミちゃん。」
「………はい」
まだフミちゃんはまだ目をつむったままである。その期待には応えられないので申し訳なくなる。
「line交換しよう。」
「………え?」
「line交換。もしかしてスマホ持ってない?インスタグラムのDM派?」
「え、いや、持ってますけど………」
「よかった。これ私のQRコードです。」
「あ、はい。どうもです。」
ピコーン。友達登録がされた音がでた。よし。
「ではまた今度。」
「えっ、あっ!」
俺はフミちゃんの抱え持っていた会計表をひょいと奪いそのまま会計をしてカフェを後にした。
引き延ばし、それが俺の答えだった。
「まぁ」と「俺」をなるべく出さないように書こうと思っても難しいものですね。
口語体で書こうとしたらついこの二語が出てしまう。




