62.郵便局強盗
「でも、悪気は無かったんです。殺意は無かったんです。」
傍聴席の中津健二は、隣の高崎に囁いた。
「弁護人に、中途半端に吹き込まれたな。」高崎は頷いた。
======== この物語はあくまでもフィクションです =========
============== 主な登場人物 ================
中津敬一警部・・・警視庁テロ対策室所属。副総監直轄。
中津[本庄]尚子・・・弁護士。中津と事実婚だったが正式に結婚した。
中津健二・・・中津興信所所長。中津警部の弟。実は、元巡査部長。
中津[西園寺]公子・・・中津健二の妻。愛川静音の国枝大学剣道部後輩。元は所員の1人だった為、調査に参加することもある。
泊哲夫所員・・・中津興信所所員。元警視庁巡査。元夏目リサーチ社員。
泊[根津]あき所員・・・中津興信所所員。元大田区少年課巡査。同僚の泊と結婚した。
高崎八郎所員・・・中津興信所所員。元世田谷区警邏課巡査。EITO東京本部の馬越と結婚した。
鬼頭平三・・・検察庁検事。
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==EITOとは、Emergency Information Against Terrorism Organizationを指す==
3月15日。午後1時。裁判所。法廷。
「でも、悪気は無かったんです。殺意は無かったんです。」
傍聴席の中津健二は、隣の高崎に囁いた。
「弁護人に、中途半端に吹き込まれたな。」高崎は頷いた。
「被告人は静粛に。被告人に殺意があったか無かったかは、これから証明されることです。弁護人は、被告人に、よく言っておいて下さい。不規則発言についてもね。」
裁判長の言葉に、弁護人は起立し、「しかるべく」とだけ言って、着席した。
ドラマや映画では、裁判長が木槌を叩いて沈ませるシーンだが、実際の「日本の」法廷では、あり得ない光景である。
検察官は、実は、『本庄弁護士の元カレの1人』で、鬼頭平三と言う名前だ。
有名な時代劇に習って、「オニヘイ」とあだ名される。
目撃者も多く、証人も多いので、張り切っている。
事件は、半年前に起こった。
ある遺族、相続人が親族協議の末、行政書士を通じて『遺産分割協議書』を作成、公文書として裁判所に提出した。
そして、分割手続きとして、メイン金融機関である郵便局に相続人が揃って出掛け、振り込み手続きが行われていた時、利用客の1人が、代表相続人の長男の背中からナイフで刺した。
そこに居合わせたのが、泊と根津だった。
2人は、すぐに被疑者を取り押さえた。
今は警察官ではないので、『私人逮捕』である。
『私人逮捕』とは、犯人の逃亡を阻止する行為であって、警察官の逮捕とは違う。
被告人は、そういう『常識』も知らず、「警察官でもないのに、手錠も持っていないのに」と、取り調べに当たった警察官に喚いた、と中津健二は兄の中津警部から聞いていた。
証人とは、被害者の親族である姉妹、中津興信所の2人、郵便局員のことである。
シフトで当日窓口にいた郵便局員は、古くからの顧客である被害者をよく知っていた。
その郵便局員は、仕事を休んで証人席に立った。
被告人が主張する『口論』は存在しなかった。
中津健二と高崎が調査したところ、被告人と相続人である、被害者の姉婿とは面識があった。というより、『パチンコ仲間』だった。
被害者の姉婿は、被告人に『脅して貯金通帳と印鑑、カードを奪う』ことを依頼した。
郵便局強盗ではあったが、郵便局が脅されたのではなく、利用客の1人が刺される事件となった。
被害者の親族は、傍聴席にはいなかった。
重傷の為、今も入院していたからだ。
中津警部の計らいで、本庄弁護士が時折、親族の相談に乗っていた。
突然、廷吏が入って来て、裁判長に小声で囁いた。
裁判長は、検察官のオニヘイと、被告人弁護人を呼んだ。
中津健二は、スマホに届いたメールを高崎に見せ、退席した。
午後2時半。中津の自動車車内。
中津は、スマホの電話を切った。
「文字通り、命運尽きたな。被害者の姉婿は、偽証していた友人と共に、逮捕された。オンラインカジノもやっていたらしい。被告の罪も傷害じゃ無くなった。被害者は亡くなったんだからな。情状酌量の余地は無いし。」
高崎は、無言で運転した。
―完―
裁判長は、検察官のオニヘイと、被告人弁護人を呼んだ。
中津健二は、スマホに届いたメールを高崎に見せ、退席した。




