基準
「うん。一人暮らしらしいから、フィットネスクラブの社長の許可を貰って、ヤサを調べたが、書き置きの紙やパソコンのデータも無かったらしい。誘拐なら、そのフィットネスクラブに身代金要求しても、おかしくはないが、それはない。」
======== この物語はあくまでもフィクションです =========
============== 主な登場人物 ================
中津敬一警部・・・警視庁テロ対策室所属。副総監直轄。
中津健二・・・中津興信所所長。中津警部の弟。
中津(西園寺)公子・・・中津健二の妻。愛川静音の国枝大学剣道部後輩。元は所員の1人だった為、調査に参加することもある。
高崎八郎所員・・・中津興信所所員。元世田谷区警邏課巡査。
泊哲夫所員・・・中津興信所所員。元警視庁巡査。元夏目リサーチ社員。
泊(根津)あき所員・・・中津興信所所員。元大田区少年課巡査。同僚の泊と結婚した。
本庄虎之助・・・本庄病院院長。
池上葉子・・・池上病院院長。
山村美佐男・・・みゆき出版編集長。
高島軍平・・・伝子の1年後輩で、翻訳部元部長。以前フィットネスクラブを経営していたが、自己破産。今は山村の世話で、「フィットネスクラブ東洋一」の事務員をしている。
和久正成・・・「フィットネスクラブ東洋一」のトレーナー。
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==EITOとは、Emergency Information Against Terrorism Organizationを指す==
午前9時。中津興信所所長室兼会議室。
マルチディスプレイに中津警部が映っている。
「山村編集長絡み、ですか。」中津が言うと、「うん。トレーナーの1人が行方不明らしい。」と中津警部が答えた。
「じゃあ、オンラインで殺人事件を目撃したフィットネスクラブですか、また。」
「また、だな。健二。あのフィットネスクラブの隣にクリニックがあるのは知ってるな。」
「内科・整形外科のクリニックだね。フィットネスクラブの経営者かと思ったら、フィットネスクラブの隣の空き地に引っ越してきた、って言ってたな。」
「うん。お隣さんだから、お互い都合がいい。数ヶ月前から月一回、クリニックの院長が、オンラインで講習するようになった。それは、いいんだが、オンラインで使うアプリをBoom からEnstagramに急に変更したらしい。山村編集長はBoomで待機していたら、繋がらない。機会損失じゃないか!って、セッティングしたチーフトレーナーに食ってかかったらしい。悪気は無かったのは明白だが、詰まり、差別じゃないが、山村編集長から見たら、裏切り行為だ。他のトレーナーや事務員の話によると、彼は、かなり落ち込んでいたらしい。捜索願は既に出ている。もう3日目だし。事務員の高島氏は、知っての通り、大文字さんの後輩だ。連日の闘いもあって、大文字さんは、『却下!』って言って相談を断ったらしい。そこで、愛宕警部経由で俺に言って来た。」
「今のところ、失踪か誘拐は判断に困るって、とこかな?書き置きとかは?悩んでいて、自殺しようとしているなら、痕跡はあるよね。」
「うん。一人暮らしらしいから、フィットネスクラブの社長の許可を貰って、ヤサを調べたが、書き置きの紙やパソコンのデータも無かったらしい。誘拐なら、そのフィットネスクラブに身代金要求しても、おかしくはないが、それはない。」
「自殺の可能性もあるけど、事故かも知れない、ということですね、警部。運転免許証は?」「奴は、あ。名前だな。名前は和久正成。和久は、運転免許証は持っていない。社長の話によると、まだ『お名前カード』も持っていない。本人の証明は、紙の被保険者証だけだ。とにかく、手掛かりが欲しい。誘拐ならはっきりしているが、今は警察も手詰まりだ。よろしくな。」
マルチディスプレイから、中津警部の姿が消えた。
「よろしくな。受けると思ってんのかな?」「私、格好いいわ、お義兄さんって言っちゃったわ。」と、横から公子が言った。
「高崎と俺はフィットネスクラブに行く。泊と根津は、ご近所さんの聞き込み。あ、そうだ。救急病院で意識不明の場合もあるな。根津、資料に何か特徴書いて無いか?」
「これ、特徴ありすぎ。右頬に大きなホクロがあります、所長。」と、根津は報告した。
「じゃ、公子。本庄先生に救急病院で探せないか、相談してくれ。」
午前10時。フィットネスクラブ。
高島と山村から事情を聞く、健二と高崎。
「成程。新人の事務員のチョンボ、いや、しくじりでしたか。」
「私もね、言い過ぎたかな、って思ってはいたのよ。言い過ぎって言ってもLinenに書いただけだけど。でもね、連絡名簿ないって、杜撰過ぎるでしょ。何の為にパソコンってものがあるのよ、って叫んだわ。お金集める時は、メンバーリスト作るでしょうが!って。」と、山村が言い、「新人の事務員は虚勢ばっかりで、実はアナログ人間だって、今回初めて知った次第で。」と、高島が言った。
「和久さんのトレーニングは、評判良かったんですか?編集長。」と、高崎が尋ねた。
「勿論よ。だから、私だけ『放っておかれた』のが、悔しくて。他のメンバーは、ちゃんとお知らせが届いていたのよ。」と言う山村に「分かります、分かります。孤独ですもんね、それが話題になる度にトラウマになるってやつですね。」と、健二が深く頷きながら応えた。
中津健二は、浮気調査や身辺調査で、よく似たような場面に遭遇する。回りには大したことでは無くても、本人は被害者意識で一杯一杯。こういう時は調子を合わせると、こちらが聞いていないことまでしゃべってくれる。要は、疑似的にでも「味方になって」あげるのが得策なのだ。
健二のスマホが鳴動した。泊からだ。「失礼。」と言って、健二は、その場を離れた。
高崎は、場つなぎに当たり障りのない話を山村や高島にした。
「近所の人が、朝ゴミ出しに出た時に和久さんと出逢って挨拶したそうです。いつもの格好だったそうです。」電話の相手、泊はそう言った。
健二のガラホが鳴動した。健二はガラホとスマホを、必要に応じて使い分けている。
今度は、公子だ。
「本庄先生が、池上先生の方が顔も広いし、今度新しい医師組織を作ったから、そのネットワークで何か分かるかも知れない、と言ってくれたので、和久さんの特徴を伝えて調べて貰ったの。そしたら、板橋区のレディゴウ板橋病院で3日前救急搬送された人に人相が近いかもって言うから、資料の写真を送ったら、ドンピシャ。交通事故で意識不明だったけど、意識が戻ったから、警察に届けたところだった。轢き逃げよ。」
健二がスピーカーをオンにしていたから、皆が聞いた。
「行きましょう、編集長。高島さん、社長に報告しておいて下さい。」
正午。板橋区。レディゴウ板橋病院。
公子と池上病院の院長池上綾子が、既に来ていた。
そして、泊や根津、中津警部も。
和久の病室。
「あ。山村さん。」和久は、顔を動かして言った。
「意識を取り戻したって言うから。先に謝っておくわ。私も言いすぎた。轢き逃げだそうね。皆が待ってるわ。早く良くなって、皆と仲良くやりましょう。」
和久は、涙を流して「はい。」とだけ言った。
「例え、死体でも、犯人はお縄にしますよ。」と言った中津警部と一緒に病室を出た皆はロビーに移った。
「先生。助かりました。」と、中津警部は頭を下げた。
「いいえ。どの道、意識を取り戻したら、身元ははっきりしたでしょう。」
「先生、新しい医師組織作るとか。」と、中津健二は池上医師に尋ねた。
「ええ。コロニーが流行った頃、検査とワクチンで儲け倒した、大日本医師会も全国保険医師連合会も許せません。未だに、コロニーの陽性反応が出たから隔離、面会制限なんて馬鹿げたことをやっている。組織に無所属の医師は大勢います。彼らは、その組織に『隷属』するのが嫌だからです。隷属させられている医師も不満な医師はいます。『医は仁術』。基本を忘れた、カネの亡者は、患者に取って不要な存在です。何もかも自分達の基準を押し通すのは間違っています。日本は、世界一『CT設備がある』こと、知ってます?コロニーは、OBQ検査しなくても、CTで判別出来るのに、使わせなかったんです。OBQ検査の準備が整っていない時でさえ。医師は患者の為に働くんです。」
午後1時半。健二の自動車の中。
「感動したなあ。池上先生の、最後の言葉は特に。」と、高崎は言った。
「惚れたか。結婚式は、依田氏のホテルだな。」と健二が言うと、「無理です。俺、注射苦手だから。」と、高崎は済まして言った。
―完―
このエピソードは、既に他のサイトで公開した作品ですが、よろしければ、お読み下さい。




