言葉を尽くして
「デヴィン、入っていいぞ」
そう促すと、デヴィンは相変わらずご機嫌な表情を浮かべていた。肩の力が抜けていく。
「失礼します……どうかされましたか?」
「いや、なんでもない」
「フランチェスカ様のことですか?」
「ああ、少し寂しい思いをさせているようだ」
「きっとご理解していただけます。結婚式の準備に専念したくて仕事を前倒しで片付けていること。私からお話ししたら、フランチェスカ様も納得されるのでは? 」
「いや、いい。デヴィンが話すとその……」
ややこしくなる、とは言えなかった。彼は全て善意だけでやっていることなのだから。
「なんです?」
「いや、なんでもない。デヴィン……これ以上書類を持ってくるなら」
デヴィンの手元に一瞬目線を送ると、カーティスはすぐに俯いた。何か紙類のようなものを見た気もするが、今夜は見ない振りをすると決め込んでいた。
「まさか、こんな夜遅くにそんなことしませんよ。カーティス様にお手紙が届いてます。手違いで朝届くはずが遅れたようで申し訳ありません……マチルダ様からです」
「マチルダ……? マチルダ・フォンティーヌか」
カーティスはパッと顔を上げると、早速手紙の封を開けた。相変わらず達筆で、それに相変わらず短い言葉で、こちらの体調を気遣うような言葉が綴られている。僅か数行ではあるものの、彼女が何かと気に掛けていることが伝わってくる。
「元気そうで何より……そうだ、婚約のことマチルダに伝えるべきかな」
「そうですね……いや、いやしかし。女心とは複雑なものですから」
デヴィンは珍しく歯切れの悪い返事をした。
「伝えるべきだな、友人として良好な関係を続けていきたい。誠意を見せなくては」
二人の間に、お互い少しの未練もないとしても、人伝に聞かせるのは失礼だと思った。それに、これが逆の立場だとしたら、きっと彼女も同じようにするだろう。
カーティスは筆を取った。だが、肝心の書き出しが思いつかない。
「差し出がましいことですが、カーティス様」
デヴィンは咳払いを一つして、自慢の口髭を撫でた。これは言うべきか、言わずにいるべきか悩んでいる時の仕草だ。もちろん、結局何もかも話してしまうことになるのだが。
「……マチルダ様への季節の挨拶、体調などを気遣うようなお言葉は必要かと思いますが、婚約に関しては感情などは書かずに事実だけをお伝えした方が良いかと。私は二度結婚しておりますが、最初の妻とはそれはもう大変な修羅場を、」
「なるほど。ありがとう、参考になったよ」
この話は長くなる。カーティスはこの話の結末を何度も聞かされているので知っている。しばらくすると遠い親戚の話まで飛んでしまう。デヴィンには申し訳ないが、今夜はその話を聞いている元気がなかった。
だが、デヴィンのアドバイスは参考になった。確かに余計な感情を入れるより事実だけを述べた方がいいかもしれない。
「……明日の朝までに手紙を書くよ。デヴィンはもう休んでくれ」
「では、失礼します……そうだ、カーティス様」
「なんだ?」
「カーティス様は少しお言葉が足りません、もっと愛を伝えて。……もちろん、このデヴィンに対するお気持ちは十分に伝わっております。何十年もご一緒させていただいてますから。ですが、フランチェスカ様にはきちんとお言葉にしないと」
「そうだな……伝えているつもりではいるんだが」
振り払われてしまった手の感触を思い出す。幸せにすると誓ったのに、今は彼女を笑顔にすることもままならない。
「そうでしょうか。カーティス様は少しお言葉が少ないように思えます。もし良ければ私が……」
ズイッとデヴィンが一歩踏み出した。まさに今すぐにでもフランチェスカの元へと話をしに行きそうで、デヴィンは慌てて制した。
「待て待て……いいんだ、デヴィン。そのことに関しては本当に何も言わなくていいから。わかったな?」
デヴィンは何か言いたそうな、不満な顔をしていたが、カーティスはそれも見ない振りをした。