"自由"
結婚式を数ヶ月後に控えているものの、フランチェスカの胸は不安でいっぱいだった。
あの一件を追求できないまま、フランチェスカはベルナール家の屋敷で暮らす事にはなったのだが、彼は仕事が忙しくてなかなかゆっくり話すことが出来ない。
夕食も一緒に取れない日がもう何日も続いている。
デヴィンは、『フランチェスカ様と婚約したことで、カーティス様は一層仕事に精を出すようになりました。愛されていますね』なんて言ってくれたので満更でもなかったが、こうも続くと不安になってしまう。
今日も今日とて、きっと同じ答えが返ってくる。分かっていても訊ねてしまう。彼の書斎の部屋、重厚な扉の前でフランチェスカは静かに呼吸を整えた。意を決して扉を二、三回叩いてみると、中からいつも通り穏やかな声が返ってくる。
「フランチェスカだね、入って」
「お忙しいのにごめんなさい。あのね、今晩の食事はご一緒できるかしら?」
「ああ、悪いな。仕事が溜まってるから、食事は手が空いたときに簡単に済ませるつもりなんだ」
「そうなの……」
仕方がないことだとは分かっているのだが、それでも少し寂しい気持ちになる。
「早く終わらせてしまうから。明日の朝は君の好きなパンケーキを一緒に食べよう。蜂蜜をたっぷり乗せてさ」
二人が顔を合わせてゆっくり食事できるのは朝だけだ。最近ではこれが私の一番の楽しみ、そう思うと寂しさが一層込み上げてくる。
フランチェスカの顔が僅かに曇ったのをカーティスは見逃さなかった。彼女をそっと引き寄せると、額に優しくキスをした。
「本当にすまない」
「ええ、大丈夫よ。お仕事頑張って。無理はなさらないでね」
フランチェスカはこれ以上彼に気を使わせまいと、気丈に微笑んで部屋を出て行こうとした。
「待ってくれ、フランチェスカ」
カーティスは慌てて彼女の腕を取って呼び止めた。
「その……寂しい思いをさせてしまってすまない」
いいのよ、フランチェスカはそう言いかけた。だが、彼の次の一言に言葉を失った。
「もしよかったら、友人を呼んでも構わない」
……なんですって? 私は貴方と過ごしたいと言ってるのに、友人を呼べですって?
やはり、あの一件は言葉通りの意味として捉えてよかったのだ。
"お互いに自由に生きよう"
自由の町と呼ばれるチェレスタの女性は"自由の象徴"と呼ばれることが多い。議会に参加したり、ドレスではなくスーツを着てみたり、新しいことをなんでも試すことが許されるようになったからだ。その代わり、気の強い女性が多いと敬遠されることも多い。
それならまだしも、その新しい価値観から、自由恋愛も許されていると思われることがある。それは個人の問題であり、フランチェスカは許していない。
(それなのに……)
彼はあの日、はっきりと私に言った。お互い自由に生きよう、と。
「それは……なんとお優しいこと」
声が震えていたことに、もしかしたら気付かれてしまっただろうか。
「いいんだ。私は気にしない。言っただろう、自由に生きてほしい。もっと気楽に」
カーティスは悪びれもせずに、フランチェスカの肩に優しく手を置いた。
「ええ、そうでしょうね。では早速、近々友人を招待することにしますね」
フランチェスカは"友人"という言葉を思いっきり強調しながら口に出すと、にっこりと微笑んだ。
(私は結局、都合の良い相手だったんだわ……)
愛されているだなんて、とんだ勘違いだったのかも。
フランチェスカは、乱暴にカーティスの手を振り払うと、あえて勢いよく扉を開けると、そのまま大きな音を響かせるように扉を閉めた。納得していると思われたくなかった。
「どうしてあんなに怒ってるんだ……?」
カーティスは閉ざされた扉を見つめながら、思わずそう呟いた。
すると、今度は独特なリズムで扉を叩かれた。これはデヴィンだ。