花の命は短いから
「カーティス・ベルナール伯爵。はじめまして、フランチェスカ・ユノーと申します。お会い出来て嬉しい」
フランチェスカは聞いていた通りの美人だった。はっきりとした目鼻立ち、豊かなブロンドの髪を靡かせている。
「こちらこそ、お会い出来て嬉しい。それから、カーティス、と呼んでくれ」
「わかりました。では、カーティス。まずはお庭へご案内します」
導く手はほっそりとしなやかだった。背中が大きく開いた真っ赤なドレスは意志の強そうな彼女によく似合っている。さすが〈自由の象徴〉だ。
ユノー家は大きくて立派に育った薔薇の花が有名で、この庭を一目見たくて訪問する貴族も多いという。
親同士が話を進めて了承しているとはいえ、やはり婚約をする前に一度は会っておくべきだった。知らないことが多過ぎる。彼女はこれで本当に良かったのだろうか。
フランチェスカの横顔をそっと盗み見ると、彼女は眉ひとつ動かさずに真っ直ぐに前だけを見ている。デヴィンはどうしているのだろう、そう思って振り返ると、デヴィンはすでにユノー家の使用人たちと陽気に話している。
「本当に良いのか?」
本音を聞けるのは、きっとここが最後だと思った。この結婚に反対している者はいないのだから、話はすんなり決まるだろう。
自分は構わない、だが、彼女の本音は?
「……え?」
フランチェスカは一瞬困ったように首を傾げた。質問の意図が分かり辛かったのかもしれない。
「ああ、いいのよ。だって、花の命は短いの」
フランチェスカは、薔薇の花にそっと手を伸ばした。花の香りを楽しむように顔を近づけて、大きく息を吸い込んだ。
ほら、いい香りでしょう? そう言って笑う顔がどこか寂しげに見えた。
花の命は確かに短い。だが、そんな風に人生を諦めてほしくない。
「フランチェスカ……私は、」
「叔母さまが言ったんでしょう。あの人、薔薇を鑑賞するのにお金を取ろうとするの、維持費ですって。お恥ずかしい話だわ……叔母さまは熱心に研究してあそこまで育てたからって言うけど」
「……?」
「花の命って、本当にびっくりするほど短いの。だから、私は解放したいと思っている」
カーティスは悟った。これは哲学的な話だったのだ。彼女は自らを花に喩え、自由を望んでいる。
「研究って言っても、水遣りに注意していたって話なのよ。大事なことだとは思うけど……ああ、いけない。この話はユノー家の秘密にするって叔母さまに言われてたんだ」
あんまり言うと怒られちゃうわね。フランチェスカはふふっと声を出して笑った。
庭はこれまで通り無料で開放するべきだと訴えるフランチェスカと、維持費をどうしても稼ぎたい叔母とで揉めている最中なのだ。
「それに、貴方は婚約者なんだから特別……どうしたの?」
「フランチェスカ、改めて私と結婚してほしい」
気付いた時にはすでに彼女の下へ跪いていた。
「ええ、カーティス。喜んでお受けするわ」
会ったばかりなのに、最初からこうなることが決まっていたようだ。まさしくこれを"運命"と呼ぶのだろう。カーティスはフランチェスカの小さな手をそっと包み込むように握った。
フランチェスカも出会ってすぐにカーティスに好意を抱いていた。なかなか結婚相手が見つからないフランチェスカに業を煮やした両親が知り合いの伝手を使って見つけた相手だったが、顔立ちも整っているし、穏やかそうだ。何より、フランチェスカのマシンガントークにもついてこれる。大抵の男性は辟易してしまうから。
「そして、お互いに自由に生きよう」
彼女はまさしく〈自由の象徴〉、空を飛ぶ鳥のように、せめて自分の前ではもっと自由に生きてほしいと思って言った言葉だった。彼女の笑顔を守りたかった。
『チェレスタの人々は自由を求め、自由を愛しています。ですが、女性に対しては少し気をつけなければいけません。何故ならば……』
この屋敷に到着する前にデヴィンが忠告していたことだ。カーティスはすっかり失念している。
「……なんですって?」
フランチェスカは訝しげに低く呟いた。だが、カーティスの耳には届いていなかった。
ただ、咲き誇る薔薇の花に負けないほど美しいこの女性を、必ず幸せにすると誓った。