勘違いに気付いたら
「見て、夕陽が沈んでいくわ」
どこまでも穏やかな波が、ゆっくりと押し寄せてはまた海に戻っていく。永遠に見ていられそう、とフランチェスカは呟いた。
「本当、綺麗な町だよね」
「ねえ、セス。もしも……悪い結果が待っていたら、どうしよう」
「姉さんはカーティスのことを愛してる?」
何よ、いきなり。そう言い掛けたフランチェスカだったが、思いがけ ず真剣な眼差しのセスに気付くと、茶化さずに答えた。
「…… 初めて会った日にね、庭を案内したの。お母様から、"貴方は少し口達者すぎるから大人しくしてなさい"って言われてたわ。セスだって忘れてないでしょう?」
「ああ、もちろん」
「あの人は、ずーっと穏やかに私の話を聞いてくれたの。それも楽しそうに……! それが嬉しくて、なんだか初めて会った気がしなかったわ。運命の人だと思った。……ええ、愛してるわ」
「大丈夫だよ、姉さんは昔から見る目があるから」
だめでも大丈夫、帰ってくればいいよ。とセスがあまりにも軽く言ってのけるので、フランチェスカも思わず笑ってしまった。
「……どうする?カーティスの所へ戻る?」
ここから屋敷まではそう遠くはない。今日が終わる前には戻れるはずだ。
「そうね、やっぱり帰る。……もう少し、海を見たらね。あれ、魚かしら」
フランチェスカは柵に少し体を預けて、水飛沫の上がった方を指差した。
「姉さん、あんまり身を乗り出すと落ちるよ。海って深いんだ、それにその柵だってあんまり信用しちゃ……」
「待ってくれ、フランチェスカ……!」
聞き覚えのある声に、フランチェスカはビクッと体を震わせた。
「カーティス? どうしてここに?」
息を切らして、ひどく青褪めた顔をしている。本当にどうして、と言い掛けた所で、カーティスはフランチェスカを強く抱き締めた。
「ああ、良かった。間に合ったわ」
マチルダはすっかり力が抜けてしまったようで、その場にぺったりと座り込んでしまった。
「私が悪かった……フランチェスカ。戻ってきて欲しい」
「待って、カーティス。苦しいわ……」
フランチェスカはカーティスの腕の中で僅かに身を捩った。カーティスは、小さく「すまない」と呟くと、腕の力を緩めた。だが、フランチェスカのことは抱き締めたままだ。
こんな風に触れ合ったのは本当に久しぶりだった。フランチェスカは温かい彼の体温を確かめるように、その胸に顔を埋めた。
「……カーティス。ちょうど帰ろうとしていた所なの」
フランチェスカがそう言うと、カーティスはようやく彼女を解放した。どうしてか、その瞳にはうっすら涙が浮かんでいる。
どうしたのよ、カーティス。と、フランチェスカは彼の冷えた頬にそっと手を触れた。
「いいんだ、君が無事なら。君がそのまま、海へ落ちたらと思ったら……全く、情けない」
「心配掛けてごめんなさい。今ね、そこで魚が跳ねたのよ」
「……さ、魚?」
カーティスは素っ頓狂な声をあげて、フランチェスカと静かな水面を交互に見た。
「まったく、この人は海の恐ろしさを知らないんです」
「君は……」
ほっそりとしているが、背はすらっと高い。着ているスーツも少しくたびれているが上等だし、何より笑った顔が憎らしいほど整っている。余裕たっぷりで穏やかに微笑みながらじりじりと距離を詰めてくる。
(こいつが大切な人……?)
カーティスが不信感から思わず一歩退がると、男は何故か嬉々として二歩進んでくる。
「そうだ、弟のセスよ」
「は、弟?」
「セス・ユノーです。ご挨拶が遅れた上に突然押し掛けてすみません」
ああ、通りで見覚えのある顔だと思った。よく見ると、笑った時の目元や唇の形がフランチェスカとよく似ている。
すっと差し出された手を、ほとんど惰性で握り返す。想像していたよりずっと力強い握手に翻弄されながら、カーティスはなんとか微笑み返した。早く会ってみたいとは言っていたが、まさかこんな風に出会うことになるとは思わなかった。
「まあ、弟さんでいらしたの。私ったら……またやってしまったんだわ。ごめんなさい」
マチルダはそう言って力なく笑った。
「本当に、どうしたの? 二人して真っ青な表情して」
フランチェスカは置かれている状況をまだいまいち掴みきれていない。
「だって、貴方が……!」
マチルダは何か言い掛けて、天を仰いだ。どうやらまた、大変な勘違いをしていたらしい。
「いや、勘違いなら良かったんだ。……聞いてくれ、フランチェスカ」
カーティスは再び向き合うようにフランチェスカの手を取った。初めて会った時と同じように、カーティスの真摯な眼差しは変わらない。
「君を愛してる。君だけを、だ」
「カーティス……」
フランチェスカの瞳が驚きで揺れている。
「君には何も言わなくても伝わると、勝手に甘えていたんだ。そんなことに今更気付くなんて……」
「いいの、私の方こそ。勝手に暴走して傷付いて……貴方とちゃんと話せばよかった。愛してる、カーティス。貴方だけを」
カーティスは躊躇いがちにフランチェスカの柔らかな頬に触れた。本当は唇に触れたい気持ちをグッと抑えて、仕方なく彼女の額に優しく唇を落とした。
元婚約者と、義理の弟が興味津々で目をかっぴらいてこちらを見ている、下手なことは出来ない。甘い肌の香りに眩暈がする。
フランチェスカは額に唇が触れると、少しくすぐったそうに身を捩ってはにかむように微笑んだ。その顔が堪らなく愛しい。
「……勘違いでここまで迎えにきてくれるくらい、私のこと愛してくれていたのね」
「どこへでもすぐに飛んで行く。戻ったらすぐにでも式を挙げよう」




