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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

なあ、聞いてくれ

作者: NUSI

【一週間ライティング】というイベントで、出されたお題三つを交えながら一週間で作品を書きあげていく、というものに参加させていただきました。

ネタバレも兼ねてお題の三つはあとがきに記載しております。

 xxxx年、謎のウイルスが全世界に広がった。


 その感染力と致死性の強さで、感染したほとんどの人は死に、ジェットコースター式に人口は減少していった。


 あっという間に世界の人口は半分になり、治療薬完成の目処も一向に立たず、人々は焦った。


 そこで人口を増やすため、世界的に子作りを推進する運動が行われたが、ウイルスから繁殖力の低下、という副反応が発見されたため、その運動もさして意味をなさなかった。


 減り続けていく人口。なす術はなくなった、と思われた時。人類は禁忌に手を伸ばした。


 ウイルスは人間にしか感染しないという特性を持っていた。そして、繁殖力が下がる、という効果は男のみに現れた。


 そう、禁忌というのはつまり、人と人以外の交尾だった。


 発達した技術により、数回の実験を経て、それは驚くほど簡単に成功を遂げた。そうして生まれた実験体No.009、初の成功例は、ネズミでもなく、哺乳類でもなく、人とトカゲ科の交配であった。


 ありえもしない実験だったが、成功した。いや、成功してしまったのだ。


 基盤は人の体であり、皮膚の代わりに生えた鱗、長い舌、尻の少し上部から生えた細長い尾。


 性別はオス。人と同格の知性を持ち、言語を理解し、話すことができる。さらに、人よりも高い身体能力を持つ。


 それが、私だ。



△▲△



 西洋風の夜の街並みを歩く。手はロングコートのポケットに押し込み、サングラスをかけ、マスクをして、マフラーを巻き、肌の露出はほとんどない。


 八月のはずなのに厚着をし、百八十センチを超える高身長の男は簡単に視線を集めるはずだが、奇怪な眼差しを持って見る者はいない。人がいないからだ。当たり前だ。いつ感染して死ぬかもわからないこんなご時世に外を出る馬鹿は死にたがりしかいない。


 ああ、既に死んでいる者も数えるのならば、10、15、……見える限りでも20人はいる。死体の処理が間に合わず、かといって自宅に置いておくわけにもいかなくなったものが街道に捨てられているのだ。ひどい腐敗臭がするものもある。


 そんな死体の横を気にせず歩いていく。


 ふと思ってポケットから煙草とライターを取り出し、火をつけて吸う。この味にも慣れてきた。


 煙草を吸うのは数時間前が初めてだった。というのも、私が身につけているものは全て死体を漁って奪ったものだからだ。


 鱗があり、尾があり、人間とはかけ離れた姿をしている私だからこそ、身を隠すものは必要だった。人は見たことがない異形のものを怖がる習性がある。


『新製品発売! なんと、この新型の腕時計は近くの病原体を感知し警告を発すことができます! さらにメッセージ機能も改良! 思考を読み文に起こすことも……』


 サングラス越しに頭上を仰いだ。西洋風の風景には似ても似つかないプロジェクションマッピングがでかでかと空を占めていた。


「ママ、あたし、あれほしい! わっ––––」


 小さな子供が、どすん、と右脚にぶつかった。その子は尻餅をつき、私は立ち止まる。上に気を取られ、接近に気が付かなかった。


「すいません…………ほら、謝りなさい」


 母親の声は沈んでいた。八月だというのにこんな厚着をしている男など気にもとめず、私の顔を一瞥してから視線を地面に落とした。まるで、何事にも興味がないかのように。言い換えれば、すべてを諦めているような。


 周りを見たが、父親の姿はなかった。彼女の表情から察するに、既に転がる死体の一人になってしまったのか。


「ごめんなさい……」


 子供は至って普通の女の子であった。あどけない顔をしゅんとさせ、罪悪感に下を向いた。その行動が母親とぴったり重なったが、表情はまったくもって別のものだった。


 私は屈んで、ポケットから出した手で子供の頭を撫でた。きっとこの子は分厚い手袋のゴワゴワとした感触を味わっているだろう。


「いいんだ、私が気をつけていなかったのが悪い。……ほら、みててごらん」


 両手を開いて子供に見せてみせる。


「何もないだろ? でも、こうすると……」


 右手で握り拳を作り、左手でぽんと叩く。そして手を開くと、そこにはさきほどまでは無かったはずの真っ赤な一輪の花があった。子供の顔がさながら花が開くように、一瞬にして輝いた。


「すごい! すごい! どうやったの!?」

「ひみつ」

「えー!」

「その代わり、これはあげるよ」


 お椀を形どった子供の両手の上にそっと花を置いた。ちらりと母親を見たが、一連の流れに何一つ関心がないのか、ただただ地面の一点を見つめていた。


「ありがとう! おじさん!」

「……ああ。……近頃、政府の研究施設から脱走した実験体がいると聞きました。それに、このご時世です。どうか気をつけてください」


 「ありがとうございます」と、消え入るような声で母親は溢した。親子二人が去っていく。


 きっと、あの母親は娘とともに心中するつもりだ。しかし、それが分かったところで私がどうすることはないし、関係のないことだった。彼女はこの街を歩く死にたがりの一人だった。それだけだ。


 それに、言い訳がましく聞こえるが、私に親子を助ける時間などないのだ。


 背後数十メートル先、こちらを見ている者がいることを察知した。同時に鋭い殺気が背に突き刺さる。確実にあの親子ではない。私は歩みを早めた。


 2人、いや、物陰にもう1人。3人だ。尾行されている。しかし尾行はお粗末なもので、ちらりと振り返ると黒服の男たちは慌てた様子で物陰に隠れた。


 視線を前に戻す。


 店のガラスに映った景色で、痺れを切らした追っ手の1人が銃を抜く仕草をするのを視認した。街灯に照らされ、黒い銃身が鈍く光る。


 それを確認した瞬間、私はまるでばねが弾けるかのように走り出した。

 

 消音銃は静かに、かつ大胆に私の足元をえぐり、続いて背後でガラスが弾ける音がした。コートの裾に銃弾が掠り、横一文字に傷をつける。


 私はロングコートを素早く脱ぎ、広げるようにして空中に投げた。即席の壁は私の姿を上手く隠し、それに穴を開けた銃弾はすぐ脇を通り抜けた。相手の狙いが定まる前に左へ曲がり、路地に駆け込む。


「残念だったなぁ、009」


 目の前に突きつけられた銃口を見て、一瞬思考が停止した。時間の流れが遅くなったかのように周りの景色がスローモーションとなり、気づく。この路地へ逃げるように誘導されていたのだ。そして、こいつは待ち伏せをしていた。

 

 私の額に銃を向けた男以外にも、その後ろに五人の控えがいた。もちろん全員が銃を所持し、こちらに構えていた。


 目の前の男が手に力を入れるのが分かった。しかし、その時には既に、私はその場の盤上を何もかも理解していた。

 

 時の流れが元通りになり、世界が動き出す。


 私は頭を斜めに傾け、すんでのところで弾を避けた。マスクに掠ったのか、紐が切れ、自身の口元が露わになるのが分かった。


 私の皮膚、そして長い舌を見て男は怯えるような顔をした。その隙を突き、膝をそいつの腹へとぶち込む。


「がっ––––」


 男の口から空気が漏れ、彼は思わず銃を手放す。地面に落ちる前に尾でそれを拾い上げ、片腕を男の首に回し、反対の手で男の両手を後ろへ回し、押さえつける。


 銃を構えたままの残りの五人は狼狽えた。私が男を盾のようにして捕まえたからだ。


「う、打つなお前らぁ! 俺に当たるだろ!」


 唾を撒き散らしながら男は腕の中で喚いた。

 

 躊躇した五人の隙を見逃さず、尾で引き金を引く。三発撃ち、その全てが三人の脳天に直撃し、ばたりばたりと倒れた。


 その時、背後から足音がわずかに耳に届いた。


 反応する暇もなく、頭に衝撃が走る。男を手放し、それでもなんとか踏ん張った両脚に銃弾が撃ち込まれた。


 地面に手をつき、再び理解した。尾行していた奴らが追いついたのだ。


 いや、もし来ると分かっていてもこの狭い路地ではさみ撃ちにされるのだ、そうなったら打開の可能性は0に等しかっただろう。


 結局、結局だめなのか。


 頭を踏みつけられ、地面にひれ伏す。私が男にしたようにして両手を後ろで拘束された。尾から銃が取り上げられ、更に誰かに踏まれて動かせなくなる。


「実験体No.009……。脱走なんて考えなければ良いものを」


 両手を押さえつけた者が腕時計を確認しながら呟くのを横目で確認した。他の者は一切喋らない。こいつはこの中で一番偉い地位にあるのだろう。


「司令部へ報告。実験体No.009を捕獲した。死傷者3名、軽傷1名。6番通りに応援を要請する」


 腕時計に向かってそう話すと、彼は氷のように冷たい目線で私を刺した。


「よくもまあ、やってくれたものだ。生まれて十三年の若造が人間様に楯突くなんて百年早いんだよ、この異形が」


 そう吐き捨て、握り拳を作り、私の頬を殴りつける。血が飛び散った。


「ああ、くそっ!」


 血を流しているのは私を殴った男の方だった。鱗に手を傷つけられ、皮膚が剥がれている。


「そもそも俺は反対だったんだ。異種族交配だなんて碌なことになるわけねえだろうが。いくら人口を増やすっつったって、人間じゃない怪物は人口に含まれねえだろ!」


 苛立った様子で捲し立て、彼は銃口を私の頭に押し付けた。


「さっき一発頭に入れたが……死なねえってことは人間より頑丈にできてるんだよな? もう一発撃ち込んだところで死にはしねえよな?」


 理由なんてない、ただの怒りの捌け口。彼にとってそれは私なのだろう。


「……私は」

「っ! 貴様、変な動きをしたら撃つぞ!」

「私は、人じゃない。だからこうやって銃を向けられている」

「……そうだ。……そこのどこに問題がある?」

「私が、君たちの言う普通の家庭に生まれ、育ったなら、銃を向けられることもなかっただろう。家族と身を寄せ合い、ウイルスで死んでいく親兄弟を見ていくことにもなっただろう。耐え切れず、親が心中を選ぶかもしれない。そして、私は呆気なく死んでいたのかもしれない」


 先ほどの親子が脳裏をよぎった。銃はまだ火を吹かない。


「それも愛と言えるだろう。歪んだ愛と捉えることもできるが、それが愛ということに変わりはない」

「……何が言いたい」

「私が人でないのは問題ではない。ただ、私は誰かに必要とされたかった。愛されたかった。それだけだ」


 母親に怒られた子供のように、視界に映っていた数人が目を伏せた。彼らも分かっていたのかもしれない。この行為に意味がないことに。誰も悪くないことに。


 僅かに、ほんの僅かに、両手を拘束する力が緩まった。私は全身の力を使って飛び起きるようにして起き上がり、背中にかぶさっていた男を跳ね飛ばした。


「なっ!? 貴様、どこにそんな力が……!?」


 素早く反応した数人が発砲し、脇腹に三発、腕に一発、首元に一発銃弾が食い込んだ。


 歯を食いしばり、未だ私の尾を踏みつけていた黒服の一人を殴り飛ばす。足元に転がった銃を手に持ち、ただひたすら発砲した。


 弾がなくなった時は被弾覚悟で突っ込み、ボロボロになりながらも銃を奪い取る。その繰り返し。


 いつの間にか周りに立っている者はいなくなっていた。もう誰のものか分からなくなるほど混ざり合ってしまった血の海に膝をつき、抜け殻になったかのように地面に倒れ込む。


「私のこれは……正解だったのか?」


 教えてくれる者は誰もいない。これまでも、これからも。


 視界の端で何かが光っていた。ゆっくりと頭を動かし、血に塗れた腕時計を視認する。乱闘で持ち主からは外れ、私と同じように地面に転がり、多数のアプリとホーム画面を表示している。


 確か、覚えている。プロジェクションマッピングで紹介していた最新型の腕時計。思っていることを文におこせる、とか言っていた。


「……聞こえて……いるか。私の……考えを……文に……おこしてほしい」


 腕時計は私の声に応えるようにして光った。


『脳とリンクしています。……エラー。再度試みます。……エラー。再度試みます。……成功』


 私が人じゃないから繋がらないのか。


 ……もうどうでもいい。


『誰宛ですか』


 いや、そういうのじゃない。どこかに保存してくれればそれでいい。


『タイトルを決めてください。次に本文をおこしますので、続けて思ってください』


 なぁ、聞いてくれ。


 そこにいる君だ。今から、私のことを話そうと思う。だから、頼む。聞いてくれ。


 私は深手を負っている。それに、もうすぐ敵の応援が来る。私は確実に死ぬ。だから、その間だけ、話させてくれないか。


 頼む、聞いてくれ。この錆びついた記憶に価値をつけられるのは君だけなんだ。


 もう、こんなことが起きないように。私のような者が出ないように。


 君だけが頼りだ。



△▲△



《私の残りの力を全て使って人目のつかない場所にこれを投げる。あとはこれを拾った者に託す》


 私は溜息をつき、淡い光を発する画面から視線を外した。


 十年前くらいに流行った、思ったことを文章におこす腕時計。街外れの草むらにて半分埋まった状態で発見した。さすがに古すぎるし汚れているため値打ち物にはならなそうだ。


 それに、メモリー内の文章だが、誰かが書いた小説だろうか? 面白くない上に現実味がない。異種族交配? あたかも現実に起こったかのように書いているが、そんな話聞いたことがない。確かにウイルスのせいで人口は今現在もじわじわ減り続けているが……。


 いや、それはもはやどうでもいい。私が最も気に入らないことは心中する親子の話が出たことだ。


 嫌でもあのクソ母を思い出してしまう。私と一緒に心中しようとした、この世で一番許せない存在。なのに、私が彼女を責めることができないのは、私を置いて死んでいったから。そう、私だけが助かった。……あの日のことはもう思い出したくない。だからその箇所は思わず読み飛ばしてしまった。


「ま、暇つぶしにはなったかな」


 腕時計を放り捨て、その場を去ろうと足を運んだ。その時、足元で一輪の花が咲いていることに気がついた。驚くほど真紅に染まったその花は、私に何か訴えかけているようだった。


「……?」


 いつもは特に気にしないはずの花だが、周りの時が止まったかのような錯角に陥った。何か、大切な何かを見落としているような。


 ぽつり、と冷たいものを顔に感じ、現実に引き戻される。すぐに雨が降ってきたのだと理解した。


「大変。洗濯物……」


 



 少女は去っていく。

 

 雨は次第に強くなる。まるで、一つの物語を終えた舞台に幕を下ろすかのように。





おしまい

お題

【煙草】

【救われない話】

【錆びついた記憶】

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