旧消滅病について
「なつかしー」ドアを開けてみると、実家のような安心感があった。ここが実家なんだけどね。私の部屋は二階の一番奥。出てすぐのところにお手洗いがあって、私の部屋の隣には妹の部屋がある。
妹は、21歳だったから今は、、、、 14歳?のはず。そんなことは、置いておいて私は階段を下りるのであった。この家の階段は、The昔って感じの階段で一階と二階の途中でちょっとカーブがあるんだよね。私は階段を下りて、リビングへ向かう。
階段を下りてすぐのところに玄関があって、そこから一番近くの扉を開けたらリビングに向かうことができる。
扉を開けると未来とは全然違った。まだ建付けが悪いし、この感じだとリフォームもされていないみたい。リビングとキッチンはつながっていて、リビングから見ると朝食が用意されていた。
今日の朝ご飯は、、、 きつねうどんじゃん。私は昔からきつねうどんが大好きで、何かしらの記念日なんかにお母さんに作ってもらっていた。うどんって言ってもただのうどんじゃなくて、きちんと麵から作るんだ。ぶっちゃけ言ってお店よりもおいしい。もし、うどん屋を作っていたら儲かっただろうし、毎日うどん食べれるしで一石二鳥だったんだけどなー、と思う。
まぁでも、たまに食べるから余計においしく感じるんだろうね。私は一時期炭酸水にはまっていて毎日飲んでいたけど、1週間くらいしたら飽きて飲まなくなったんだよね。
古い思い出に浸っていると、耳元にあるニュースが聞こえてきた。それは、
「急性疾患性の不明の病気についての話」だった。
いつもは全くと言っていいほど気にしていないんだけど、一つ不可解な点があった。それは彼、明星君が煩わっていた病気と同じような症状だったからだ。その病気が本当ならば、現時点(未来)でもまだその病気についての対策がないこと。基本的な対策としては放置なんだけど、本当稀に重症化してしまうことがある。重症化になったときの有効策はなくて、最悪できるのは延命処置だけ。名前は決まってないけど、巷ではこう呼ばれている。
「旧消滅病」
遥か昔に消滅病とゆうものがあって、現在でもわからないことが多いけど、一つだけ言えることがある。それは、有明神社である儀式をすること。問題点が何個もあるんだけど、一番大きいのは有明神社の位置がわからないとゆうこと。有明神社があった場所は本州のどこからしいけど、具体的な候補も上がっていない。この病気が近代まで存在したことがわからなかった。なぜなら、記述されている歴史書がなかったから。
今は実物はないんだけど、このころはまだあるはず。世界歴史館で飾られていたみたいなんだけど、盗まれてなくなってしまったらしいんだよね。今も犯人はわかっていない。
「今日は異常気象で雪が降ってるから、ここに置いてあるものを着ていってね」私の妹である輝夜があわただしく言う。そこには制服以外に防寒着一式が置いてあった。
「もう4月だってゆうのにおかしくない?」久々の輝夜との会話に動揺しないように平常心で言う。4月なのに雪が降るなんてことは、異常気象中の異常気象。ついに地球も終わってしまうんだろうか。
「うん。まぁいいからごはん早く食べてね。行ってきま~す」
「行ってらっしゃい」
そういえばだけど、昔と一つ変わったことがあった。それは『4月の異常気象』確かあの日は快晴で桜が舞っていたはずだけど、大雪になっている。もしかしたら、もう未来は変わってきてるのかもしれない。私はテレビを切ってご飯を食べるのであった。
さすがお母さん、と感激するほどに久々に食べるうどんはとてもおいしかった。「ってもう7時50分じゃん」味わって食べたかったけど、時間もなかったので早く食べた。かえったらまた作ってもらおうと思ったのであった。




