最終章③
『フルール、────共犯者になってくれるか?』
これこそが共犯者としての最も重要な事だった。
リリックとフルールの名誉のために言っておくが、決して既成事実を先に作ったのではない。ただただ、本当に早産には見られないほど元気な双子だったという話だ。
だいたい、リリックがフルールを軽く扱うはずがない。
重要だったのは、既成事実を作ったかのように見せる事。
つまり演技をすること。
そうは言ってもどうすれば……と言い出したリリックは悩む。
リリックはフルールが初恋だしフルールはどこまでいってもフルールだ。
既成事実の前も後もない。
恋愛経験というものがふたりには皆無だった。
ところが、難しいと思っていたそれはある日を境に風向きが変わった。
わからないながらも演技だとして、フルールへの気持ちを前面に出しただけに過ぎないリリックに功があるかはさて置き、要因は、フルールが物理的に頑張り過ぎて、食事の量と睡眠時間が多くなったことによるものだった。
それはすぐにエーデル公爵の知ることとなり、それがどのような可能性を示唆するものか知らないまま、ふたりは訪ねてきた公爵に問いただされる。
今現在の関係を厳しく詰められたとき、なぜ父上がここに? と思いながらもここが潮目と読んだリリックの答えと、それに乗ったように見えたフルールの言葉。
このふたりの言い回しがまた絶妙だった。
「俺はフルールを愛しています。この気持ちは如何なる時も変わりません」
「わたくしも同じです。この身も心もすべてリリック様のものです」
リリックはともかく、フルールの言葉が波紋を呼んだ。
予め言っておくがこれはふたりで示し合わせたものではない。
公爵が急に来たこともそうだが、示し合わせる上で、リリックが言ってほしい言葉を並べたとしよう。しかし相手はフルールなのだから拒否される恐れは十分にある。ここにきてそれでも大丈夫だと言えるほどリリックの心臓は強くないのだ。よって、弱腰になったリリックは示し合わせることができなかった。と言うのが正解だ。
今だって「愛している」と言ったのはリリックだけで、返って来なかったその言葉にすこしだけ落ち込んだ。
しかしだからこそ、これがフルール本人の嘘偽りのない言葉だと効くのだ。
フルールからすれば、この計画の主はリリックであって、それに従っていると言ったまで。
リリックの「好きだ」「愛している」は時候の挨拶のように飛ばし、重要なのはその後ろ。
フルールの脳内を直訳すると『如何なる時も変わらない』とはこの計画が頓挫することはないとなり、それに対し『自分も同じ気持ちでリリックの手となり足となりこの計画を手伝っている』と伝えたことになる。
しかし、その意図で口にしたフルールの言葉は、別の意味でそうなのだと取るに足るものだった。
息子のことは信じている。しかし、息子の溺愛ぶりから見てそれが律しきれなかったのかとも考えられる。
公爵は直接口にしてもいいものかと、うんうん唸り、結局は歯切れの悪い言葉しか出てこなかった。ふたりには全く持って何が言いたいのかわからない。
「あー、んん、そうか。ところでフルール、体調はどうだ。体が怠かったり睡眠が足りないなどはないか? 疲れたら無理せず休んでいいし、欲しいものがあればすぐに言うのだぞ」
父としての心情が大きく人間味があっていいが、公爵としての威厳はない。
「お気遣いありがとうございます。しかしながら、ランドル家の嫁としてリリック様の妻として、ランドル家の未来のためにも、わたくしの未来のためにも、少しでも今できることをやらなければならないのです。わたくしのようにおぼつかない赤ん坊のすることはじれったく見えるでしょうが、どうか見守って頂きたく存じます」
キリッとしたフルールの顔つきは、意思を曲げないと思わせるような強い眼差しで、その言葉の端々には母としての心理が見える。比喩に赤ん坊を持ってくるあたり、ソレで間違いないと公爵は頷く。
フルールとしては家の為(という名目で主に自分の為)に、精いっぱいのことをしているのだから水を差すことも、赤子の手をひねることもしないでほしいと言いたかったのだ。黙って見ていろと。
完全に公爵はミスリードされた。
──結果、式は前倒しされ、その日の夕食から食事はすべてにおいて質も量もグレードアップされた。誰の采配だと聞いたリリックに、エーデル公爵の指示だと料理長は答えた。
「懐妊」に関する言葉を口に出す者がいないまま事態は急速に傾いた。
リリックは賭けに勝ったのである。
フルールの潜在能力は高く、長年見てきたハンナでも把握しきれていないところがある。
意図したものかもわからないが、絶妙なところで絶妙な言動を選び、その結果流れをすべて引き寄せる。
今回も正にそれだろう。
リリックが聞いたところによれば、集中するあの力を使うととにかく疲れるのだそうだ。お腹も空くし眠くなる。
だからいつも絵を描くときは、すぐ横になれるように自分の部屋で描き、お茶と多めの茶菓子を用意してもらっていたのだと言う。そしてそれはハンナとフルールだけの日常だったとも。
フルールが起してきた数々の騒動と比べれば、物理的なフルールの頑張りにより周りが勘違いしただけに過ぎないが、この後、引っ切り無しに送られてくる子ども用品によって事態を把握したリリックが、明後日の方向へ動き出したフルールに追い詰められるのは、また別の話。




