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70 先鋒現る

 

「ナート伯爵家息女フルール様、並びに、エーデル公爵家子息リリック様の入場です」


 フルールは今日はじめて王宮に足を踏み入れた。親が王宮勤めなら、または友達のいるごく一般的と(おぼ)しき令嬢なら、デビュタント前に一度は足を踏み入れたり、聞きかじったりして、王宮がどのような所か多少は知っているのだろうが、毎日演習場通いで王宮に興味のないフルールの目には、その扉は新たな関門のように映る。


 フルールはリリックを見上げた。

 ふたりの名が読み上げられた為か、扉のむこうではざわつきのような、歓声のような、なんとも判断しがたい声が上がる。


 リリックは見上げたフルールに微笑み、組んでいるその手に手をかけた。


「大丈夫だ。心配ない」


 先ほど動揺していた人物と同じ人だとは思えないほど、リリックは落ち着いていた。


 扉が開くとそこにはすでに大勢の人がいた。フルールたちに続くのはあと三組。よってデビュタントを迎える者はほぼこの会場にそろっているといえよう。その家族もいるのだから人数だけでいえば王家主催の夜会と何ら変わらない。

 リリックが大勢を前にすることは日常茶飯事で、夜会などの警備につくこともあるから、このようなきらびやかな場にも慣れている。


 大勢を前にしたフルールを気づかうようにリリックが半歩前を歩き出す。

 そのなめらかな歩調はフルールの歩幅に合わせるようで、半歩先にある半身は、飛んでくる不躾な視線から守る盾のようにみえる。


 ふたりが入場してからというもの会場内は静まり返ったままだ。

 扉を開閉する騎士も、静かすぎる会場を窺ってしまい閉めるタイミングを逃したようだ。


 このようにエスコートに気を遣うリリックの姿はこれまで誰も見た事がないのだろう。フルールに集まるだろうと思われていた視線の半分はリリックに注がれている。いや、逆なのかもしれない。大半がリリックに集まるはずだったものを、フルールが持っていったと言えるのかもしれない。


 今日のリリックは隊服でもなければ、軍服でもない。


 少しくすんだグレーの上下に、首元のクラバットは青空色のフルールの瞳を模したもの。

 クラバットピンは自分の瞳の色のようで蒼が映える。ジャケットの片腕には肩口から睦み合うような刺繍が袖口へと伸びていて、隣に並んだフルールのドレスが同じ糸で施されたものだと教えてくれる。


 所々で、並ぶドレスの共布が顔を出すから、この日の為に新調したことは疑う余地もない。

 そんな揃いの盛装はフルールを引き立たせる為のもの。フルールに目がいくのも自然だろう。


 もちろんあからさまな視線でフルールを射抜く者もいる。

 しかしフルールを見ればその視線に臆することはなく、何かを探すようにきょろきょろとまではいかないが、自由に視線を動かしている。特に気負った様子もなく至っていつも通りのようだ。


「肝が据わっているな」


 顎鬚を蓄えた年配の者がポツリと口にした。その言葉を発したのは一人ではない。呟くような小声だが、確かに数人がフルールのその態度に感嘆したような何かを感じ、同じ言葉を口にした。


 普段から可憐な少女に見えるフルールだが、気合の入った公爵家からの贈り物に身を包んでいる今日は一段と際立っている。ハンナに言わせれば()()()()()()のである。花の化身か妖精かと映るだろう。


 その少女がリリックの隣に立ち、これだけの視線に晒されて怯える様子もない。かと言って驕る様子も、勝ち誇ったようなそぶりも見せない。もちろん公爵家の威厳を見せつけるようなことをするわけでもない。


 エーデル公爵家といえば誰もがお近づきになりたい家で、その子息リリックとくれば、女性ならば無理だとわかっていても、一度くらいは夢をみるだろう。

 現に今も、会場内の女性たちはいつもと違うはじめて見るその姿にうっとりしている。



 一方で──何かがおかしい。

 そう感じてる者たちがいた。

 しかしその何かがわからない。

 至って問題がある様子もなく淡々と歩を進めるようすからは、何も窺えない。


 人々はふたりの様子に小首をかしげながらも、次の入場が案内されると反射的に扉の方に視線をやった。閉め忘れた扉がいつの間にかしまっている。その向こうには次の入場者たちが立っているはずだ。



 視線が緩くなったのを機に、リリックは周りに気を配りながら少し舞台に近づいた。全ての入場が終われば陛下への謁見の義がはじまる。これは入場とは逆に高位貴族からとなるのでフルールが呼ばれるのは比較的早い。常に段取りを頭に入れて動くリリックは、不自然な動きのアリーを視界に捉えた。


 それは獲物を見つけたような獣の目ではなく、その獣を狙い、ただ逃さないように確実に仕留めようと射程距離を詰める狩猟のよう。

 ゆっくりと足音を立てずに近づく姿に危険信号が灯る。

 


「リリック様、ごきげんよう。今日のお姿とても素敵です。後ほどダンスをお願いしてもよろしいでしょうか」


 ──いい、なにがあっても口出し無用よ。


 母上、さすがにこれは頂けません。


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