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5 風の強奪品

 近衛隊長のリリックは、組まれている巡回コースとは別の場所を見回ることがよくある。巡回という名の散歩とも言うがそれをとやかく言う者はいない。


 実力重視の騎士団に置いてその強さでと言うのは勿論あるが、それだけではない。

 リリックの立ち位置が少々特殊だということも関係する。


 この国の騎士団は第五騎士団まであり、リリックが所属するのは第二騎士団だが、その第二騎士団がこの上なく厄介なのだ。


 まずは第一騎士団から行こう。この団は主に王都の警備にあたる騎士団。国民との距離が一番近い騎士団で、王都を任せるのが第一騎士団、というここに国王が民を大事にする姿勢が見える。


 リリックが絡む第二騎士団はややこしいので、繰り上げて先に第三騎士団。


 国境の警備がメインとなる騎士団で、各地の辺境伯などと連絡をこまめにとり近隣諸国の動きを把握する。手紙のやり取りや報告書の作成が多く、ここの団長は筆まめでなければできない。


 お次に第四騎士団。


この騎士団は、他国への使者を立てたり、来てくれた使者を見送ったりと、他国とのやり取りが仕事量に比例して、必然と国境警備の第三騎士団との伝達事項は多い。王族が国を出る時などは近衛と連携を取り同行する。


 そして第五騎士団。


 ここは作戦指令室の役割をもち、同時に後方の支援もする団。騎士団の中では比較的穏やかな団で事務方的存在となっている。


 さてさて最後に第二騎士団。

 リリック率いる近衛隊が所属する騎士団だ。


 この騎士団だけ二つの隊が所属する。

 もう一つは国の暗部を担う諜報部隊。

 こちらは国王が直轄となる。


 これだけでややこしい。

 同じ騎士団で管轄が違う二つの部隊。


 その上、この騎士団には団長がいないため、有事の際はリリックが仮の措置で団長の椅子に座ることになる。


 なんでそんなややこしいことになったかというと、元々この団は国王が諜報部隊の資金繰りの為に作った騎士団だった。予算確保は騎士団に置くのが一番楽なのだ。しかし、諜報部隊だけに功績が世に出ることはない。でたら出たで大騒ぎだ。しかし、出なければ出ないでこれまたひと騒動。功績がない騎士団を存続させる意味は、となる。確かに御尤もな意見である。税金でタダ飯食いを囲うのは問題である。


 これが長きにわたり度々、度々、議題にあがる。

 その時代の改革派の矛先が向くのだが、それがなかなかに厄介なときもあり、ではどこかの騎士団にやっかいにでもなるかと思った国王が自ら掛け合っても、どこも引き取ってはくれない。


 そりゃそうだ。

 同じ団内で一方が警護についているのに、一方がそれを搔い潜って危ない橋を楽々と渡り、ツケを払うのはまた別の者だとくれば、団内は一触即発になる。


諜報部隊の有用性は理解しているが、それとこれとは別である。わざわざ爆弾を抱える理由はない。


 たらい回しになった国王は、ポン! では近衛隊を住まわせようとなったのだ。


 国王としては、こちらに入れた近衛にその任の全てを託すつもりでいた。だが近衛隊長はそうは取らなかった。


 断れるものでもないから異を唱えるわけではないが、元からいる者を押しのけて自分が団長とはこれ如何に。


 彼はとてもまじめだったのである。


 押しのける訳でもないし、元々団長とは名ばかりで姿を見たものはいない。だから気にする必要はないのだと言えば、ならばこのままでいいのではと返され、逆に、団を存続させるためなのだから、所属したところで功績を上げなければ同じ、単純に功績さえあれば今まで同様、団長を置く必要はないのではなかろうかと諭される始末。


 この男、何度も言うがとてもまじめなのである。


 国王管轄の組織で、王太子直轄の自分が指揮系統の上に来ることはあってはならない。

 御呼ばれした家で家長になどなれないのだと言う。


 かくなる上は辞することも、と言い出した彼にその先を言わせることなく、第二騎士団は当面、団長を置かないとなり、近衛隊長の配慮により仮の措置で団長の仕事を引き受けてくれることと相成った。


 他の騎士団にしても、明日は我が身。暗部を飲み込む事などしたくない。こちらにお鉢が回ってくることだけはなんとしても、と、今ここで防波堤となってくれている近衛に力いっぱいの肩入れをした。だからこそその()()が今日まで続いている。


 よってリリックの立ち位置は本業が近衛隊長であり、副業が第二騎士団長(仮)なのである。副団長でも団長代理でも、そちらの方がいいと思うがとの声も聞くが(仮)があるのとないのでは責任のあり方が大きく変わってくる。

 どこで何をしているかわからない諜報員を抱えての団長職などとんでもない。首を幾つ用意すればいいのかわからない。

 国王がこれで良しとしているのならば、それに乗るのが一番いいのだ。これは近衛隊長の不文律であり、騎士団としての不文律でもある。

 好き好んで暗部を吸収する団はない。それを近衛が担っていてくれることに他の団員はありがたく思っている。


 因って、リリックは、団長の数を数えなければいけない時は団長席に座り、それ以外の時は近衛隊長の席に座る。


 今回の出来事は、議事録をつけるのならば、第二騎士団長(仮)と記されることだろう。





 そんなめんどくさい役職をこなすリリックは巡回中の突風に見舞われる。リリックは眉根を寄せその突風から視界を守り風上を意識する。不意をつかれるのは何も緻密な戦略だけではない。予期せぬ子どもの行動や、こうした自然をも上手く使った攻撃の方が時として被害が大きい。王宮内とはいえ常にそれを意識している。その意識の高さはさすがだ。


 そんな中パタリパタリと転がって来たものがリリックの足元で止まる。

 突風の強奪品だろう。

 今リリックがいる場所は特に風が強い。王宮と演習場とを繋ぐ回廊の手前であるが、建物の構造上なのかここは無風の時でも風を生む、謂わば風の生まれるところだ。

 だからここで強い風が合わさると強烈な突風となり、スケッチブックを巻き上げることなど造作もない。


 リリックは辺りを見回し持ち主を探すがそれらしき人はいない。

 遺失物にでも届けておくかと手にすれば、また強めの風に煽られた。

 その風で、最後まで頑張っていた留紐が力尽きて解け、中が晒された。


「なっ! これはどういう……」


 リリックはその中身を見て、すぐそこに敵がいるのかと思う程の臨戦態勢に入った。


「脇を全て固めろ! 必ず二人以上で行動しろ! 連絡係もだ!」


 リリックの怒号のような声にただ事ではないと感じた騎士たちが、一糸乱れぬ姿で有事に対する編成をあっという間に組みあげる。


「この編成を解くまではどんなに小さな事でも司令官まで上げろ! いいか徹底しろ!」


 この指示は騎士団の隠語でもある。『司令官』は至急各団長を集めろ、『上げろ』はその間の報告を密に取れ、『徹底』は言葉通り各団全てにおいてこれを徹底させろとの意味になる。


 前後の枕詞が変わればまた違う意味になることもあるが、今はそこまでの捻りを入れるほどではないと言うことだろう。至ってシンプルな暗号だった。


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