4 本日の生贄と回路の起動
「まあ! あの肉付は新顔ですわね。ベルトの位置も低くて素敵。どなたかしら?」
「たぶん今年合格した平民のバート様かと思われます」
あの赤髪はおそらくそうだろう。今年の入団者の中では群を抜いていると噂されている。何でも騎士団長にバケモノと言わしめた程の腕だそうだ。
まあ、教えたところで顔も名前も覚えないでしょう。
お嬢様は基本体しか見ておりませんので、新顔と言ったところで顔で判別したのでないことは確かですが、肉付で新人か否かがわかるのは薄ら寒いものがあります。
どうやら本日の生贄となる殿方が決まったようです。
「あら? バート様でしたっけ? あの方、右腹部の筋肉の付き方が他の方と少し違うわ」
何やらぶつぶつ言っておられますが私にはトンとわかりません。
「後でもっと良く見ましょう! ふふふふふ」
私が長いため息をついたのは言うまでもありません。
お嬢様はそれはそれは殿方の体が大好きでございます。ええ、この演習場へ半裸の騎士を見に毎日通う程に。
ですが異性として見るのではなく、なんと申しましょうか、そう強いて言うなら愛でていると言うのが近いかと。
花を愛する人が花を愛でるのと同じようにうっとりと眺めているだけなのです。決して近づかず手折る事なくただ眺めるだけ。そしてどの花がどのように素敵なのかを口にする。
お嬢様にとってはそれと同じなのです。
ですが、言葉にしてみて下さい。
『花を愛でる令嬢』
『男性の体を愛でる令嬢』
まるで意味が違います。本来これを同じ括りにはしませんし、できるはずもありません。そもそも並列にできると考える人はいません。
これを同等の趣味と思っているお嬢様は、通常とは違う、何かまた別の回路が起動しているのではないかと思われます。
そんな別回路をお持ちのお嬢様の背筋がすっと伸び、気持ち前のめりになりました。
どうやら今日のメインを堪能するようです。
お嬢様の目はバート様を追ったまま奥へ奥へと一緒についていきます。
この演習場の奥には、湯殿があります。本来見えないようになっていたのですが、見学区画を切り込むように作った為に綻びが生じました。ある位置から見えてしまうと言うことです。
そうです。
お嬢様はこの湯殿が見える唯一の席を嗅ぎ当てたのです。見えると申しましてもさすがに湯殿が丸見えと言うことはなく、脱衣所の一部がちらりと見えると言ったところでしょうか。
そして作りの構造上こちらを向くことはありません。ですから、お嬢様が見るのは専らベルトより下の隠れていた後ろ姿、主に臀部です。
そしてここでまた別回路の登場です。裸の上半身を散々見た後に下半身をみて組み合わせるのです。ええ、ここでも不純な動機ではありません。まるで『合わせ絵』遊びをしているかのようにです。
お嬢様は目の付け所が人よりも優れています。あの席を嗅ぎ当てた時にも思いましたが、眼鏡も然りです。しかし何故このような事にしか発揮されないのでしょう。
もしここが戦場であれば功績となること間違いなしです。敵陣の針の穴を見つけ、尚且糸を通すかのごとく穴を広げるように注視しているのですから。湯殿であることが恨めしい限りです。
「よしっ」
お嬢様が小さい声を上げ席を立ちました。
どうやらもうひとつの別回路が発動したようです。
家に帰りお嬢様は早速スケッチブックを手にしました。私の仕事はあとはお茶をお淹れすれば終わりです。その後お嬢様は部屋に籠もり今日見た新人のバート様の絵姿をお描きになることでしょう。いつものように名無し顔無しで体のみを。
お嬢様のスケッチブックを見る限り、素人目に見ても才能があるのではないかと思う程の腕前です。
つまり画力が高いとお見受けします。それに加え、別回路の発動です。どうやらその回路は動いてるものの記憶をカチリと止め、静止画として切り出す事もできるそうです。
いやはや言ってる意味はよくわかりませんが、とにかくお嬢様の絵はとても精密なのです。
ですがここまでの仕上がりは殿方の裸体のみに絞られます。他の物体では全く食指が動かないらしく、花などを描くとそこんじょそこらの子どもの方がマシだろうと言う仕上がりになります。
この技術は画家とは違う観点です。
上手く活かせば国のためになるだろうにと私は残念でなりません。
しかし、それを知っているのはご家族とこのハンナだけでございます。
殿方の裸体しか描かないのですから、誰かの目に触れることも、いえ、触れさせる事自体あってはならないのです。