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3 再び王都へ

 領地に移り住んだお嬢様は頃合いを見て淑女教育を徹底されました。


「男性には無闇矢鱈に触れてはいけません」

「どうして?」


 はあ、そこからですか……。


「淑女たるもの触れていいのは家族と婚約者、場合によりその家族までです。誰彼触れていては貞操観念を疑われ兼ねません。貞操観念は習いましたよね」

「まあ、それは大変な事になるわね」

「そうです。お嬢様の嫁ぎ先がなくなってしまいます」

「それは困るわ。お兄様にご迷惑は掛けられないものね」


 説明すればわかってくれる。


「では理由があればいいのね」


 しかし諦めも悪かったのです。


 何かしらの理由を付けて男性との触れ合いを求めました。それまでも色々とやらかしましたが止めはご自身の誕生日パーティーでした。この頃にはだいぶ制限されてフラストレーションが溜まっていたのでしょう。


「お父様おねがい聞いて下さる? 今度の誕生日に領民をみんな呼んでパーティーをしたいの」


 お嬢様に抱きつかれ、下から見上げられてお願いされたのですから、ええ、ええ、旦那様は諾の返事しかできません。


「お父様ありがとうございます。私がんばりますわ!」

「何もフルールが頑張る必要はないだろ?」

「いいえ、ホストとしてみな様を喜ばせたいのです。がんばって準備いたしますわ」


 こうしてお嬢様の誕生パーティーは盛大に開かれ朝から引っ切り無しに領民と料理が行ったり来たりしておりました。


 庭はお呼ばれした子どもたちが駆け回り、お祝いのプレゼントも山盛りです。

 祝の言葉をもらう度に軽いハグを交わすのはええ、目をつぶりましょう。


 この頃には淑女教育の賜か、特定の男性に偏ることも少なくなりましたし、同い年の子どもたちとも仲良く遊べるようになりました。


 なので体躯の良い男性とのハグが少し長めなのは、ええ、目をつぶりましょう。


 このくらいは、ええ、ええ、お誕生日ですから。


 しかし『このくらい』ではなかった事がすぐにわかりました。

 領民たちの出入りが落ち着くと呼んでいた楽団の演奏で曲が流れ始めました。その曲を聞いて気づきました。


 お嬢様はそれはそれは楽しそうに踊ります。

 当然貴族のダンスなんてものを領民が出来るはずありません。でもこの領地には子どもからお年寄りまで踊れる簡単な曲があります。

 男女で組んで踊る、ごく簡単なステップのみを使用した曲です。


 やられました。

 お嬢様はこれが狙いだったのです。聞かなくてもわかります。


 基本の組手は貴族のダンスと同じで女性が男性の肩に手を置き、男性は女性の腰を支える。しかしお嬢様のように背の低い女性は男性の肩には届きません。となるとその手は背中に回したり、胸に置いたりするのです。


 お嬢様は使用人含め、その場にいる殆の男性と踊ったのではないでしょうか。お嬢様が満足してパーティーはお開きとなりました。


 領民は皆が皆心からお嬢様の誕生日を祝ってくれました。ダンスの最中にはお嬢様が手を背中に回したり胸に置いたりを繰り返すものだから、身長差のせいで手の置き場に困ってると思ったのでしょうね「お嬢様失礼します」と言いながらぐっと抱き寄せてお嬢様の体を固定し踊ってくれました。

「なんて素敵なダンス」お嬢様が惚れ惚れしたのは言うまでもありません。


 領民たちの純粋な好意に比べてお嬢様の不埒な思惑。


 旦那様始め、使用人に至るまで、領民が笑顔を見せれば見せるほど、楽しそうにすればするほど、罪悪感に押し潰れそうになりました。


 その夜、お嬢様が多幸感の中スヤスヤとお休みになった後、旦那様と奥様は領地へ来る決断をした時のように厳しい表情で頭を突き合わせておりました。


 そして王都に帰ることを決めました。


 なんとしてでもデビュタントまでに婚約者と言う名の生贄を見繕おうと。


 そして現在に至ります。

 毎日毎日喜々として騎士団の訓練の日参に励んでいる次第です。


「ハンナ、早く早く。お席が取られてしまうわ」

「大丈夫ですからそのような大きな声を出さないで下さい」


 誰もあんな席取りゃしませんよ。


「そんなことないわ。まだあの席の魅力に気づいていないだけで、今日にも誰かに気づかれてしまうかもしれないわ。さあ急ぎましょう!」


 誰の手も借りずに馬車に乗り込み、あまつさえ私の手を取り引き上げます。


「お嬢様! どこに使用人の手をとるご令嬢がいるのです!」

「ハンナは良いのよ。特別だから。それよりも早く早く」


 お嬢様は小柄で可憐に見えますが、それは本当に『見えるだけ』で腕っぷしはそこいらの使用人よりもしっかりしたものをお持ちです。

 そりゃそうでしょうとも、幼少期より男性に抱っこをしてもらった際、引き離すときはものすごい力でもってして拒否してきました。

 その賜物と言わんばかりの腕力が今備わっているのですから。

 私など男性に比べたらそれはそれは容易く引き上げられることでしょう。


「空いていて良かったわ」

 お嬢様は演習場の見学区画に足を踏み入れると足早にお気に入りの席に向かいます。


 木製の椅子はこの半年でお嬢様により磨き込まれ他の席に比べて光沢が出てきました。明らかに他の席と見分けがつくほどに。


 お目当ての席が空いていた事に喜び、即座に厚い眼鏡をかけて端から吟味してゆきます。

 この分厚い眼鏡のような物は遠くのものを良く見るための道具で、旦那様に強請って作ってもらった特注品です。


「お嬢様、ですからその緩んだお顔を早く戻してくださいまし!」


 ああ、なげかわしい。

 人間の叡智の結晶とも言うこの眼鏡を覗きなどに使うとは。


「はあい」

「お嬢様、お帰りのお時間でございます」

「ごめんなさい! お顔は戻しました。返事も間違えてしまってごめんなさい。もう二度と間違えません」

「お約束ですよ」

「はい!」


 お嬢様との約束事のひとつに、この演習場での見学は淑女としての言動を特に気をつける事とあります。


 お顔も返事もできていませんでしたから、本来でしたらこの時点で即座に帰宅なのですが、私も甘いですね。


 もうひとつは必ず私ハンナを伴うこと。旦那様いわく『狼の群れに若い娘だけで行かせてはならん!』との事。

 普段お嬢様のお世話をしている娘ではこの条件をクリア出来ません。ですからお嬢様は、決して多くはないお小遣いの中から私の為に貼り薬代を捻出しています。

 寧ろ、この間旦那様に、小遣いはいらないから貼り薬をくれと言っていましたね。

 ええ、この歳で毎日馬車に揺られるのは体に堪えるのです。


 ですが、そこまでしても、ここに来たいのです。うちのお嬢様は。


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