18 リリックは花が好き
「フルール嬢への婚約の贈り物をしたいのだが何がいいと思う?」
楽しい時間を思い出し、リリックは早速フルールへの贈り物を思案する。
あのスケッチブックがフルールの物だとしても違うとしても、どちらにせよこの婚約はリリックには利にしかならない。ならば誠実な対応を心がけたい。女性への贈り物は母にしか贈ったことがない。
それを受けたハロンは、先ずは花などからが無難ではないかと言った。
花か。
フルールはどんな花が好きだろうか?
実はリリックは花が大好きである。
その瞬間また、あの火の玉の絵が思い出されて笑ってしまった。
機会があれば花の描き方のコツでも教えてあげよう。
花は見るのも描くのも好きで、庭師と一緒に花を綺麗に咲かせるため土いじりもする。
だが、それは隠すように言われている。
「あなたまさかその花束持って登城するつもり?」
ある日の朝、怪訝な顔で母にそう言われた。
その日は王妃の誕生日で、リリックが、前から約束していた我が家の特別な薔薇を贈る日だった。
この上なく花が好きな王妃はすぐにリリックのことを見抜いた。
王妃の散歩の護衛に何回か付いたある日の帰り「あなた花が好きなの?」と単刀直入にリリックは聞かれた。
咲き誇る季節の花に目を奪われないようしっかりと周囲に目をやっていたはずだが、何か失態をおかしただろうか?
「何か失礼なことをしてしまったでしょうか?」
「いいえ、護衛は問題なかったわ。でも庭園を出るときチラッと惜しそうな顔したでしょ」
「しっ、失礼しました。今後このような事がないよう、更に気を引き締めます」
「別に失礼なんかなかったわ。あなたが花が好きなら見てもらいたい物があるのよ」
「私にですか?」
「そう。もし、あなたが、花を好きならば」
「はい、好きです」
そんな会話から始まり、今では恐れ多くもリリックにとって王妃は花について語ることのできる数少ない理解者だ。
今年の冬は例年より冷え込みそうだから、庭の木に傘を着せようと思ってるとリリックが話せば、西の国から取り寄せた花の球根を少し持っていきなさいと王妃が言う。
王妃が束の間を過ごす場所は、王妃のプライベート庭園と決まっており、その傍らには護衛兼話し相手としてリリックが立つ。
リリックはどんなに忙しくても王妃の茶の護衛を他の者に譲る気はなかったし、王妃もまた他の者では味気なかった。
花を愛でるにも同じ趣味の者と共にするのが一番の休息となることを二人は知っていたからだ。
二人の花に対しての熱量はやや強火なところが同じだった。
そんな折、王妃は誕生祝いにリリックが育てた他国の珍しい薔薇を所望した。
リリックは薔薇を堂々と持って行ける事が嬉しかった。だから自ら花切鋏を持ち、水揚げをし、棘を取り花束にした。
本来ならその中にルビーやサファイアなどの宝石があってもおかしくないだろう。王妃への誕生日プレゼントなのだから。
だが、王妃がそれを望まないと知っている。ただ純粋に珍しい薔薇が見たいのだ。
その珍しい薔薇で作った大きな花束を担ぎ、玄関を出ようとしたその時母に止められたのだ。
「あなたまさかその花束持って登城するつもり?そんな小道具持って演出したらどれだけの釣書が来ると思ってるの。頼むからやめて頂戴。まぁ、あなたが処理するのなら構わないけど」
そんな母の言葉にぞっとした。花束をこれ見よがしに抱えることができて、嬉しさのあまり周りの目など考えもしなかった。
リリックは王妃が薔薇を所望した時に侍女たちがしていた会話を思い出す。
「まあ、隊長様が薔薇を抱えていたら誰もが目を奪われますわ」「もしかしたら倒れるご令嬢もいらっしゃるかしら」「そんな姿を特等席で拝見できるなんて役得ですわ」「熱が出ようが這ってでも来ますわ」
軽い目眩でもしたのか、リリックは額に手をあてた。
「母上。王妃様には伝えておくのでこの花束は後ほど母上がお渡ししてくれないだろうか」
「そうね、それがいいわ。王妃様のご都合を伺ったら直ぐに早馬を出して頂戴」
母から花束を受け取った王妃が喜んでくれたのは、リリックとしても嬉しかったが、出来たら花束を持って歩きたいと言う夢は叶わなかった。