16 リリックの楽しい時間(1)
「坊っちゃんご婚約おめでとうございます」
「おめでとうございます」
家に帰ると使用人一同の出迎えで、豪華な花束が渡された。
「ああ、ありがとう」
「お相手はフルール様とお聞きしました。とても喜ばしい事です」
部屋まで付き従うのは、ロノフスの息子で、王都の屋敷の執事ハロン。そのハロンが嬉しそうな顔で上着をハンガーにかける。
そして入ってきた給仕からワゴンを取ると、なぜか給仕は入れずに扉を閉めた。
「どうかなさったのですか?フルール様との婚約は仕方なくでしたか?」
どうやら、リリックの今ひとつ喜びきれてない心情を読み取ったようだ。
「いや、急なことで驚きはしたが、よく考えればいい相手だと思う」
ギラギラした目の令嬢と添い遂げることを思えばこれ以上の相手はいない。
いや、しかし……。
リリックはもしかするとあのスケッチブックの主が、フルールかもしれないと思い始めていた。ロノフスが持ってきた情報だから盲目的にという訳でなく、なんとなくあの令嬢とフルールの立ち姿、振る舞いが似ている気がするのだ。いつも凝視するほど見ている訳では無いが、毎日視界に入るとその姿勢や雰囲気は覚えてしまう。
それがどうしても拭いきれない。
そうなるとリリック本人もフルールではない、と断定することができない。もちろん、そうだと肯定する要素もないが……。
一度引っ掛かりを覚えててしまうと、喉に小骨が刺さったようなどうにも飲み下せない異物感が残る。