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15 公爵夫人の本意とナート家の困惑

「フルール? どうしたんだい? 今すぐにでも嫁ぐようなこと言い出して」

「えっと、今からエーデル公爵邸に住むんですよね?」


「まあその案ステキ」


「も、申し訳ありません夫人。フルールは甘やかして育ててしまい、その、常識が、こういう事には疎く、誠に申し訳ありません。嫁ぐまでには再教育をします」

「その必要はないわ。フルールちゃんはとてもしっかりしているし、何よりも心が強くきれいだわ」


 確かにフルールは素直だが、常にフルールを隠してきた伯爵家は、他所様にそんなに高い評価を貰えるとは思わなかった。


「私が言うのも親ばかみたいだけど、リリックの顔はそこんじょそこらのお嬢さんでは太刀打ち出来ないわ」


 リリックは顔を顰めるが、周りの者はそれすら美しいのだから親ばかではなく事実ですよ、と思っている。フルールを除いて。


「フルールちゃんにはきちんと本意で伝えるわね。後手に回って傷つけたくないから。あのねフルールちゃん。この子は顔のせいで今まで事件がいろいろ起きてきたわ。子どもの頃は、常に誘拐の危険に気を張っていたし、年頃になると婚約を申し出た家のお嬢さんはそれだけで、こちらからの返事も待たずに婚約者だと名乗りだしたり、しまいには公爵家の名で買い物までするようになったり……とにかく誰も彼もこの顔に惑わされてしまうのよ。だから、家族以外の女性とまともな会話なんてしたことがないんじゃないかしら。それなのにこの前、楽しそうにフルールちゃんのことを話しているリリックを見て驚いたわ」


「驚く?」


「ええ、親としてやはりこの子にも人並みの幸せを感じてほしいと思ったの。貴族の結婚は愛が後回しなところがあるわ。結局育たないことも。でも居心地の良い家庭であって欲しいと思う親心はあるの」


 伯爵家側もうんうん、と頷く。


「だからもし、今日フルールちゃんに断られても粘り強く口説こうと思っていたのよ。リリックが笑って話せる女性なんてそうそういないわ。でもたぶんこの子の隣に立つとなれば色々な声が聞こえてくる。今までフルールちゃんが聞いたこともないような酷く汚い言葉や、身に覚えのない中傷、そして自身の事ではなくご家族のことまであげつらう輩もきっと出てくるわ」


 キョトンとしてるフルール以外は夫人の言わんとする事がわかる。

 リリックの婚約者と言う立場には全てが付いてくる。

 リリックの美貌は勿論、近衛隊長と言う名声と地位、そして実家公爵家の後ろ盾。

 家は兄が継ぐから直接の関わりがないとしてもお釣りが来るほどの好待遇だ。

 舅姑との関わりがすくない分気楽なのもポイントが高い。


 娘たちはリリック自身を望み、その親は公爵家との繋がりを望む。

 リリックの美貌を独り占めできる事に対しての羨みと、公爵家と縁続きになる事への妬み。夫人が言っている「色々な声」とは種類の違うこれらの事を指すのだろう。


「リリックの顔と比べられれば女性として立つ瀬ない感情に陥ると思うの。この顔が好きなら尚更ジレンマも出るわ。でもね、子どもの頃から見ていたフルールちゃんにはそういった感情が一度も見られなかったの。『素敵な旦那様ですね。素敵な奥様ですね』と領地内でも領民と仲が良かったのも知ってるわ。フルールちゃんの口からは人に喜びを与える言葉しか出ないのよ。容姿の美醜には触れず、その人の良いところだけを褒めて素直にそれを妬む。妬むと言う言い方もおかいわね。でも言葉では妬んでるけれど全くそれがないの。うちの領民ともよくお喋りしていたでしょ。それをみんな嬉しそうに話すのよ」


 まさか知らぬ間にそんな事をしていたとは……。伯爵夫人の表情がなくなってきた。


「人を妬む時って多かれ少なかれ嫌な顔になるし、言葉も辛辣になるものよ。それがフルールちゃんには微塵もないのよ。なんて澄んだ心の持ち主なのかしらと思ったわ。この顔の隣に立てるのはその強さがある人だけだと思うの。心に強さがある人には何を言っても効かないのよ。親の業だとは思うけど──」


 どうかこの子を宜しくお願い致します。と公爵夫人がフルールに頭を下げる姿を見ていると、どちらが嫁ぐのかと問いたくなる。

 もう伯爵家は、終始夫人に押されっぱなしだ。


「勿論、フルールちゃんのことは、公爵家が権力財力を総動員して全力で幸せにするわ。人の口に戸は立てられないから、絶対に傷つかないようにするとは言えないけれど、傷つけた人をただでは済ませないわ。二度とフルールちゃんの前に出られないようにすることはできるわ。だから安心して嫁いできてね」


 にっこりと締め括った公爵夫人の並々ならぬ重い本音に、伯爵家一同はどんな表情を作ればいいのかわからない。

 フルールの行動を履き違えている。

 フルールの感覚は他と違うのだ。


 どうしたものかとナート家は頭を抱えた。


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