14 フルールの婚約
「恥ずかしい話、この息子はどうも女性に縁がなくてね」
「縁?……ですか?」
ここでピンと来ないのはフルールだけで、伯爵も夫人も兄も姉も、縁がないのは影響の有りすぎる美貌だからと納得する。実際にリリックを取り巻く環境は、苛烈な女性か遠巻きに見る女性かのどちらかで、フルールのように顔を重視しない女性はいない。
その美貌は近隣諸国へも伝わっており姿絵にもなっているとか。
それほどリリックの顔は人目を引くのだ。
実際に諸国の王族からも婚約の打診が来ているが、護衛責任者だから譲れないと国王自らが断りを入れてくれている今は持ち堪えているが、今後はわからない。
隣国の王はやり手だ。あの国を味方に付けたい国は多い。今のところ外交で目立ったトラブルはないが、事が起きればこれ幸いと、その甥であるリリックをかっ攫っていく腹づもりの国もありそうだ。
だから、早急に国内で婚約しなければいけないのだろうと誰もが頷く。
要は、この緊急事態を打破できる人物がフルールだけなのだと、ナート家の面々は理解した。
伯爵も親として公爵の言わんとする事はわかる。お互いに知らない仲ではないのだから、ギラギラした獲物を狙う目を持つご令嬢が義理の娘になるのであれば、それはフルールに白羽の矢を立てる。
誰の目から見てもフルールがリリックを特別視していないのはわかる。そんな者は国内だけでなく、たぶんこの先も存在しないだろう。確かに公爵家にとってはフルールは喉から手が出るほど欲しい存在で、わざわざ伯爵家まで出向いた意味がわかった。
「あ、あの、申し上げてもよろしいでしょうか?」
「ああ、何でも言ってくれて構わない。リリックがどうしても嫌だと言うなら、こちらは諦めるし、だからと言って今までの関係をなかったことになどしない。隣り合った領地に年頃の子どもがいれば出る話だ。世間話みたいなものだから気にしなくていい」
「ありがとうございます」と公爵に頭を下げたフルールは迷わずリリックに向きを変えた。
「リリック様。リリック様は私と婚約してもよろしいのでしょうか? 婚約してしまえば時が来たら自動的に夫婦になります。妻となる者が私でよろしいのでしょうか?」
フルールは困っている訳でもなく、嫌な訳でもない。ただリリックの意志を確認しなければ返事などできないと思った。
「さきほどお見せした見苦しいやり取りの通り、フルール嬢との婚約の事は今聞いたので少し驚いているのが正直な気持ちです。しかし、この前訪ねたとき、実に楽しかったし、よその御宅だというのに久しぶりにあんなふうに笑えた。本当に楽しかった。おかげでフルール嬢との距離も縮まったような気がした。これも縁だと思う。今すぐは夫婦の姿を上手く描けないがフルール嬢とならば楽しい時間が持てると思う。改めて私からもお願いする。フルール嬢、どうか私の婚約者になって貰えないだろうか」
「私で宜しければ謹んでお受けいたします」
「あなた!」
「ああ! 念願のリリックの婚約者だ。それがフルール嬢だなんて。こんなに良いことがあるか。こいつは一人寂しく生涯を閉じるものとばかり」
「フルールちゃんよろしくね。これからはお母様、と呼んでちょうだいね」
「畏まりました公爵夫人。これからはお母様と呼ばせて頂きます。どうぞ末永く宜しくお願い致します」
まあ! と嬉しそうに声を上げた夫人に頭を下げると一歩下り、今度はナート家へと向き直る。
「お父様お母様、お兄様お姉様。今まで育てていただきありがとうございました。私の嫁ぎ先が無事に決まりました。これでナート伯爵家の名を汚すことなく家を出られます。本当にありがとうございました」
フルールは深々とお辞儀をした。