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10 執事ロノフス

 

 すぐそこに獲物が見えるのに、その道が曲がりくねり辿り着くまでの道筋が見えない状態で実に忌々しい。


 迂闊にスケッチブックを見せるわけにもいかなし、それを臭わせる事も出来ない。さてどうしたものかと思案すること三日。

 公爵領を管理している執事が欲しい物を持ってきてくれた。


「坊っちゃんお久しぶりでございます。坊っちゃんが今一番欲しいものはこれですかな?」


 久しぶりに会うその執事は懐かしい言葉と共に、何かが書かれたメモを差し出した。あの頃より髪は白くなり、顔に皺も増えたが、その笑顔は変わらない。


 小さい俺が人間不信になり、家から出なくなったときも、いつも俺好みの物を探し当て、持ってきてくれた。

 今も昔も忙しい両親を恨む気持ちはないが、当時はもう少し構ってほしかったと言う甘えはあった。

 そんな時にあの笑顔で、欲しい物を魔法のように出してくれたこの執事、ロノフスのおかげで寂しさを誤魔化せていた。

 そして家族ではないが家族のように接してくれたおかげで、人間不信からもなんとか立ち直れた。もし俺が当主だったらロノフスの葬儀は公爵家の名の元に取り計らって然るべきとして、家族のように当たり前に公爵家から出すだろう。それ程に感謝している。


 そんなロノフスにいつもなら坊っちゃんはやめろ、と言っているが今日は違った。メモの驚きが勝ってしまった。


「なに? どういうことだフルールとは!」


「そのままにございます。坊っちゃんの探されていたご令嬢はフルール嬢で間違いないかと」


「あの眼鏡がフルールだと?」


 リリックは驚きのあまり敬称が飛んでいる。


「眼鏡の件は存じませんが、半年ほど前に領地から帰り、今は演習場に足繁く通われているそうです。ほぼ毎日との事。そして侍女が付いてくるご令嬢だと言うのであればフルール嬢で間違いないかと」


「領地? そんな話は聞いてないぞ。ロノフスお前は知っていたのか?」


 リリックのエーデル公爵家の領地と、フルールのナート伯爵家の領地は隣り合っていて、親同士が非常に仲が良い。もし領地にいたなら、ナート伯爵家の話が両親の話題に上らないのはおかしい。



「はい、存じております。ナート伯爵家は領地を飛び地でお持ちです。公爵家の隣の領地ではなく、別の領地にいたのではないかと思われます」


「飛び地?!」


 初耳だった。

 もしかしたら嫡男である長兄や父ならば知っていたかもしれないが、早々に騎士団に入ってしまったリリックがよその家の領地事情など知るわけがない。況して飛び地など。


 この執事には色々と驚かされるが、子どもの頃、その理由に一番驚いた。


 昔から、使用人の中でエーデル公爵家のロノフスを知らない者は使用人ではない、と言われるほど名の通った執事だった。色々な逸話を残しているらしいが、一番有名なのは、若くして王家からの誘いを断った事だろう。現国王で当時の王太子自らがかけてくれた声に対し即座に否と返した。国王に認められる程の実力を持ち、その返事を迷うことなく否と言い切る主への忠義もまた話題を呼んだ。



 その為か、公爵家に仕えたいと言うよりもロノフスの教えを乞いたいと、公爵家の門を叩く者が多く訪れた。そこに目を付けたのがリリックの祖父で、ロノフスを講師に立てその教えを商売としてとらえた。エーデル家の元々の始まりは商家からだった。その血は突如騒ぐらしい。そして今でも流れている。曽祖父も騒いだ血により財を成した。


 実際、今でも領地に引っ込んだロノフスを慕って訪ねてくるものもいると聞く。

 それほどロノフスの影響力は大きく、大きければその分情報も入りやすくより確かなものとなる。


 となると、やはりフルールで間違いないということになる。なるが、どうも面白くない。


 もし毎日来ているのが本当にフルールであれば、知らない仲ではないのだから、一度くらいこちらに挨拶に来ても良さそうなものだ。


 それにやはり、そうなるともっと分からなくなる。


 まず、何のためにフルールが毎日演習場に来ているのか、フルールが本当に眼鏡令嬢なのか、仮にそうだとして、さらに仮に眼鏡令嬢がスケッチをしていたのだとしたらそれこそ何のために?

 探していた令嬢がフルールだと聞いてから、事の次第があやふやになる。

 軍事になど、興味があるようには見えない。夫探しをしてるなら顔がないのは何より不思議だ。


「あー、クソっ!」


 掴んだ紐が切れたみたいだ。


「坊っちゃん。フルール嬢が気になるようでしたら、明日一緒に伺ってはいかがですか?私はナート家の使用人のハンナ殿に用事がありまして、せっかくこちらへ来たのですから、最近の街の様子を聞こうと思っております」


 領地におりますと最近の流行りがわからないのでねと、差し詰め孫にでも流行りの菓子を買って帰るつもりなのだろう。



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