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1 眼鏡令嬢は皆勤賞

 王宮の東側にある騎士団の演習場。そこに設けられた見学席には今日も今日とてお目当ての殿方を見るためにご令嬢が引きも切らずわんさか詰めかけている。


「今ご覧になられまして?」

「ええ、しかとっ!首から鎖骨に流れる汗を拭いましたわ!」

「キャー、リリック様が私を見たわ」

「貴女ではなく私を見たのですわ」

「いいえ違います。私をご覧になったのですわ」

「いいえ、私よ! 私を見たのだわ」


 エーデル公爵家の子息リリックは隣国から嫁いできた美貌の王女、つまりは母君の美しさをそっくり受け継いだ。だが、ご令嬢がそのご尊顔を拝む機会はあまりなくこうして演習場まで押しかけている。


 顔良し、家柄良し、と来て実力もあり王太子の指揮する近衛の隊長と来れば獲物を狩るようなギラギラさせた目つきで狙われるのも当然のことだろう。

 更に次男と言うこともあり、結婚相手は嫡男である兄より家格の幅が広がる。そんな男が惜しげもなく半裸を晒し汗を拭う姿は、全ての女性の目を釘付けにすると言っても過言ではない。


 尤もこの演習場ではほとんどの騎士が──上半身裸である。


「やっぱりリリックがいると違うな」

「本当ですね。隊長がいる時は見学席に花が咲いているようです」

「お前上手いこと言うな」

「えへへ」


 リリックへのアピールのためかご令嬢たちは常に着飾っており、遠目から見るとそれは色とりどりの花が咲いているように見える。


「まあお前は結婚するのに困らないことだけは確かだな。選り取り見取りなだけに」

「俺も女だったら結婚相手は隊長がいいです!」

「戯言とは余裕だな。相手をしてやるから来い」


 剣を振っていたリリックは両隣で同じように剣を振っていた同僚と後輩の軽口に嫌気が差したのだろう、普段よりもきつめの口調で相手に指名し、容赦なく片付けた。


「キャーやはりリリック様はすごいですわ。副隊長のリドル様とクリム様、二人同時にやっつけましたわ」

「あ、クリム様が何やら小突かれてますわ。あ、笑った。クリム様のあのクシャッとした笑顔も可愛らしいのですよね」

「ええ、ええ、わかりますわ。そしてリドル様のあのニヒルな笑い方もドキッとしますわよね」

「そうなんです! やはり皆様思うところは同じですわね」


 鈴生りのご令嬢たちはご尊顔を拝み、勇姿を目に焼き付け、普段は見ることのない笑顔に胸打たれ、キャッキャウフフと目を輝かせる。


 そんなご令嬢たちとは逆に、離れた席に座り声も発せずただじいっと訓練を見つめているひとりの令嬢がいる。

 ふわふわと揺れる髪は琥珀色で瞳は抜けるような青空の色をしている。一見すると色素が薄く見えるが、とても澄んだ瞳に艷やかな髪の為そう見えるだけで、小柄なその容姿はとても整っていた。


 彼女は半年前から見かけるようになった令嬢だが、まだデビュタントを迎えてないことから誰もその家名を知らなかった。


 ただ、いつも侍女と一緒にいる様子から貴族であることはわかる。そしてとても可愛らしい事も。見た目は勿論だが、仕草がとても可愛らしいのだ。

 演習場を斜めに切り込むように作られた見学席は斜度が付き、階段状に席が設けられ、騎士たちを見下ろすようになっている。

 特等席と呼ばれ人気の高い席は出入り口付近で、通常、ご令嬢たちはそこに群がり近い距離から秋波を送る。

 だがこの可愛らしい令嬢は出入り口からだいぶ離れた階段中腹の、とある席を指定席としていた。毎日飽きもせずその席を目指してご令嬢たちの後ろを通り越して行く。

 その際、目があったご令嬢に微笑みながら会釈する姿が、とても可愛らしいのだ。カーテシーを崩したような仕草の会釈は令嬢なら誰もがするが、やはりより良く見せようとするのか無意識に可愛らしさを強調したり、より気品を見せたり、どうしても内面が出てしまう。この会釈は公の場でするものではないものの、実はカーテシーよりも難しいと、令嬢たちは皆、常日頃思っている。気を許せば雑になるし、気を貼りすぎると見せつけるような上から目線になってしまう。

 それなのにこの令嬢は、そういった事を一切出さず相手への配慮のみを表す。そしてまた小首をちょっとだけ傾げるその姿がなんとも言えず可愛いのだ。

 見たところやっと十を過ぎた年の頃だろう。この会釈はそんな子が一朝一夕にできるものではない。

 

 最初こそ、こんな完璧な会釈を持つ令嬢と恋敵になるのはごめんだと、警戒していたご令嬢たちだが、離れた場所に座り、リリック始め人気の高い騎士に媚びる様子はない。況してや顔を覚えてもらうにはその席は離れている。そして席に着くと分厚い眼鏡をかける。そうするとその澄んだ瞳が隠れ可愛らしさが立ち所に消える。そんな姿を見てしまえばいつしか警戒心は完全になくなった。

 警戒心がなくなると護衛でも探しに来ているのだろうと勝手に思い込み、そしてそれすらも忘れて、半年経った今では顔見知りといった認識でしかない。

 まあ、声すらもかけず家名もわからないのだからそうなるのも自然だろう。


 ご令嬢たちには空気と化した彼女だが、騎士たちの間ではどのご令嬢よりも有名になりつつあった。


「また来てるぜ眼鏡令嬢」

「皆勤賞なんじゃないか?」

「一体誰が目当てなんだ?」


 雨の日も風の日も休むことなく通い続ける令嬢は、騎士たちから見上げる位置のど真ん中に座しているからすぐわかる。


 元々この演習場の見学は、貴族や商会を持つ富豪らが護衛を探すためのものだった。

 それがいつしかその貴族や富豪は娘を連れて来るようになり、ついには護衛探しの者よりも令嬢の数の方が多くなっていった。


 そこに着目したのは当時の騎士団長で、婚期を逃す事が多い騎士の出会いの場となるよう国王に掛け合った。すると騎士たちの士気は上がりやる気に満ち、入団志望者も増えるときた。そして男女の出会いの場のひとつに数えられるようになった。


 事実、騎士の婚姻率は上がった。そうなれば結果として出生率も上がる。騎士がより強く鍛錬に励む事によって軍事力も強化され、次代を担う子どもも増える。国としては申し分なく万々歳だった。


 そして昨今では専ら見合いの場として見学者を増やすため、見学の場を改修しご令嬢たちが座ってゆっくり吟味できるように椅子も取り付けた。


「俺、あの眼鏡が不気味なんですけど……」

「ああ、あれな……」


 騎士たちは眼鏡の下の澄んだ瞳を知らない。

 気づくといつの間にかそこにいて、気づくといなくなっている。眼鏡を外した顔を見た騎士は誰一人いなかった。


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