61.八百屋で思い出発見
まずはカイト達の日課でもある、八百屋に野菜を売りに行く事にした。
カイト達が空間から野菜を出し、八百屋の親父が査定する。その間俺は、八百屋に並ぶ野菜を見て回っていた。
そんな俺をチラチラと見ていた八百屋の主人は、カイト達に顔を近付け、声を顰めた。
「あの方が、あの土地の領主様なのか?」
「うん。そうだよ」
「やっぱり、そうか!いやぁ。どことなく漂う高貴な方の風格。気品溢れるお姿をなさった方だな!是非とも、御贔屓にして頂きたいものだ」
八百屋の主人だからなのだろうか。声がデカい。全部丸聞こえだった。
自転車を漕いでこの街まで来た俺は、動きやすさ重視のとてもシンプルな格好をしている。だから、その辺にいる奴と大差ない姿だ。
高貴な風格とか、気品溢れるお姿とかが、おべっかなのは分かっているが、カイト達に親切にしてくれているのは知っているので、彼に対して嫌な印象はない。此処は素直に受け入れ、挨拶を交わす事にした。
「子供達にとても親切にしてくれているそうだな。彼らの保護者として、とても感謝している。これからもよろしく頼む」
「は、はい!お任せ下さい!」
八百屋の親父は、ぎこちなく頭を下げた。コクリと頷きを落とした俺は、再び店先に並ぶ沢山の野菜へと視線を移した。
この世界の野菜という物のをじっくりと見る機会がなかったから、少し楽しい。日本の野菜と何となく似ているけど、何となく違うと言う物が多いからだ。
今回売りに来たアボチャと言うのも、カボチャに味も形もよく似ているが、皮の色が深緑では無く紫だったりする。紫のカボチャとか、ちょっと毒々しい色ではあるが、甘くて美味しいので人気がある食べ物だ。
何か日本にあった様な野菜はないかと探していた俺は、真っ黒な色をした野菜を一つ手に取った。丸みを帯びた形に、とんがり帽子を被った様なフォルム。
俺はカイト達に尋ねてみた。
「なあ、これって……」
「ああ。それはターギネって言うんだよ。今の時期のは少し辛味が強いかな」
「種類があって、瑞々しいターギネの方が甘いんだけど、今は時期じゃないから無いんだ。それは辛味があるから、焼かないとキツイかな」
カイト達の説明に、俺は確信を持った。間違いない。これは玉ねぎだ。まさか玉ねぎが手に入るとは思ってもいなかった。俺の頭に、日本にいた頃の夕飯が浮かんでくる。
「親父!ターギネをくれ!ここにあるやつ……出来たら、箱で売ってくれ!」
「は、はい!」
「「ええぇ!!それ買うの?」」
「買う!たくさん欲しい!!!買ったら速攻で帰るぞ」
「う、うん……」
かなりの執着を見せる俺を見て、カイト達は顔を見合わせた。
今日売った野菜の代金よりも、ターギネ1箱の方が高かった。親父は差額を貰わずに渡そうとしてきたが、それはキッパリと断った。そして、空間の中にある俺のお金から、支払いを済ませる。
ズシッと重みのある一箱を受け取ると、俺は早速それを空間へと放り込んだ。ルンルンで街の門に向かって歩く俺の後ろを、カイト達が慌てて追いかけて来ている。
俺の直ぐ後に追い付いた彼らは、声を顰めて話し始めた。
「もう帰るのかな……」
「此処に来て、まだちょっとしか経ってないのに…」
「ホダカに街を案内しようと思ってたのにな」
「初めて一緒に来たのに……」
「もっと一緒にいたかったな」
残念がるカイト達に気が付いた俺は、その足をピタリと止めた。
そんな事を考えてくれていただなんて、思ってもみなかった。今日は一緒に行くと言った俺に、カイト達がとても明るい笑顔を見せた事を思い出す。一秒でも早く帰りたかったが、ここはグッと我慢する事にした。
「……えっと。やっぱり、もう少し遊んで行こうかな。折角、ここまで来たんだし」
急に立ち止まって街中を見回し始めた俺に、カイト達は驚き顔を見せる。しかしその顔は次第に崩れていき、クスクスと笑い始めた。
「もう、いいよ。だってホダカ、やりたい事があるんでしょ?」
「俺達なら平気。その代わり、また一緒に街に来てよ。その時は案内するからさ」
「本当に良いのか?」
「「うん!」」
「……分かった。譲ってくれてありがとうな。今度また一緒に来よう。その時は、ゆっくり案内して貰えるか?」
「うん。任せておいて」
「よし。それじゃあ、全速力で帰るぞ!」
「「おおぉぉ!!」」
俺達は、仲良く村へと向かって帰って行った。村の中へと入って行った俺は、そのまま自転車の練習をしているランフォルト達の元へと急いだ。彼らに教えているリレーナを見つけると、チャリから降りて急いで駆け寄って行く。
「リレーナ!!!これ。これを見てくれ!」
興奮気味な俺から差し出されたターギネの一つを、リレーナは手に取ってみる。
「ターギネですね。これは日本で言う、タマネギみたいなものです。皮は真っ黒ですけど、中は白いんですよ」
「やっぱり、そうか。そうなのか!!」
俺はクウッ!っと喜びに打ち震え、天を仰いだ。そんな俺の姿に、リレーナが首を傾げた。
「どうかしたんですか?」
「リレーナ、頼みがある。ハンバーグ!ハンバーグは作れないか?俺もあんまり詳しく覚えていないけど、何となくなら作り方が分かるんだ。俺は、ハンバーグが食べたいんだ!!」
両手の拳を握って力一杯主張する俺に、リレーナはクスッと笑みを溢した。
「はい、作れますよ。私も昔、思い出した事をヒントに、作ってみた事があるんです」
「本当か?やったぁ!!!!」
ピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶ俺をみて、カイト達とランフォルト達がリレーナの顔を見る。
「ねえ、ハンバーグってなに?」
「お料理の名前です。とても美味しいんですよ」
「そのような名前の料理は、私も知りませんね……。若はとても喜んでいる様ですが」
「ホダカさんは、とても好きみたいですね。あまり見た事が無い料理かも知れませんが、結構人気な料理なんです」
「分かりました。それなら私も手伝いましょう」
「はい、お願いします。あっ。でも、食材が足りないです」
「えっ?」
喜んで飛び跳ねていた俺は、リレーナ達の話を聞いて、ピタリとその動きを止めた。そして顔を向け、リレーナに尋ねて見る。
「材料って?」
「まずはお肉です。ザンキーラのお肉だけだと少し物足りない感じなんです。ギュームと言う魔物の肉が牛肉にとても近いので、それを混ぜたいです。あとは、卵とパン粉と牛乳かな。塩とコショウは調理場にあったので……。あっ!あとトマーティが必要です。ケチャップが無いので」
「カイト。トマーティは、畑にあったよな?」
「うん。沢山なってるよ」
「よし。リレーナ。ケチャップ作りは、それを使ってくれ。リレーナがケチャップを作っている間に、俺たちは手分けして他の材料をゲットして来るぞ!」
「「分かった!!」」
カイト達は、もう一度街に戻る事になった。パン粉は恐らくないので、食パンを一斤、卵を二十個と牛乳を瓶で数本買ってくる為だ。村にいる鶏が本日産んだ卵では、数が足りない。おかわりも考えて、百個近いハンバーグを作るのだから、食材も沢山必要となるのだ。
「ランフォルト。ここから一番近いギュームの生息場所は?」
「ここから二十キロ離れた森の中に、沢山生息しています」
「よし。俺とランフォルトで行ってくる。ナーグリア、留守を頼んだぞ」
「承知致しました、若様」
浮き足だった俺は、早速ギュームの生息する森へと向かって出発する事にした。マウンテンバイクに乗れる様になったランフォルトに合わせて、スキルランクを落とした高速スキルを発動させる。
「行くぞ、ランフォルト。森に向かって出発だ!」
「はい!!」
物凄い勢いで漕ぎ始めた俺達は、バシューン!っと、一直線に森へと向かう。俺の頭の中は、ハンバーグで一杯だ。
日本人だった時、ハンバーグが一番好きだった。きっと、この世界の子ども達も気に入ってくれるだろう。
子供達の数が多いので、バーベキューで使っている鉄板を使って、調理した方が良いだろう。
ジュワジュワと音を立てて溢れて来る肉汁を思うと、よだれが出て来てしまう。
ハンバーグに夢中になっていた俺は、俺の所為で不安を抱く様になっていた一人の子供の心に、全く気が付いていなかった。
それは、俺が肉を取りに行っている間に、大きな事件を引き起こしてしまうのだった。




