6.サリューネの企み
こんな結果は、勿論俺も納得がいかない。
「ちょっと待ってくれ。何故その決定になったのか、キチンと説明をして貰いたい」
俺が尋ねると、サリューネは面倒臭そうに溜息をついた。そして嫌々口を開く。
「だから、カヌバムの作った方が綺麗だからよ!そう言ったでしょ?」
「確かに装飾は派手だが、あれは落としただけでも凹んでしまうレベルのアーマーだ。それのどこが優れていると言うんだ」
「私が決めたんだから、それで良いの!」
「……まさか、パーティーに一緒に行かなかった事を、未だに根に持っているのか?あれは制約があって、俺はこの国から出られないのだと何回説明したと思っているんだ」
俺の苛立ちの発言に、サリューネがムッとした表情を向けた。彼女のこの表情から、間違いなく根に持っていたのだと分かる。だからと言って、この場でそれをぶつけてくるのは許せない。
一歩も引かないと言う表情の俺を見て、サリューネはフウッと吐息を零した。そして何故かニッコリと笑顔を見せる。
「確かに、あれだけ頼んでも一緒に行ってくれなかったから、貴方に対してずっと怒っていたわ」
「やっぱりそうだったのか。確かに、頼みを聞き入れる事が出来なかった事は、俺も悪かったと思っている。だから、この選定の儀が終わったら、二人で一緒に他国へと挨拶回りに行こう。その許可は、もう国王から得ている。だから……」
「ううん。それはもう良いの。と言うより、それが嫌なのよ」
「えっ?」
俺と一緒に行く事を望んでいた姫が喜んでくれるとばかり思っていたのだが、どうやらそうでは無いらしい。俺は意味が分からず、頭の中がパニックになっていた。
そんな俺を見て、彼女は秘めていた心の内を正直に明かした。
「今では断ってくれた事に感謝しているわ。だって、貴方を連れて他国の姫達に会いに行きたくなんて無いんだもの。貴方は知らないでしょうが、外の世界の人達はとても素敵な人達ばかりなの。それに、仲が良い他国の姫達の婚約者は、皆んな見目麗しく、とてもカッコ良くて素敵な人ばかり。そんな所に、貴方みたいに背が低くてむさ苦しい人を連れて行くなんて冗談じゃ無いわ」
俺は茫然としたまま、彼女を見つめていた。
選定の儀とは全く関係ない所で、自身の容姿を貶され、侮辱を受けている。一体何がどうなっているのか、全く分からない。俺が黙っている事で、サリューネは口撃を続けた。
「私は、他の国の王子様みたいに背が高くてとても美男子な人と結婚したかったの。だって、純ドワーフ体型の貴方を結婚相手として連れて行ったら、他の国の姫達に笑われてしまうでしょ?だから、私の結婚相手を彼にすることにしたのよ。良い案だと思わない?」
クスリと笑ったサリューネは、階段を降りてカヌバムの元へと歩いて行った。彼は彼女の手を取って見つめ合い、そして笑顔を見せ合った。
二人のその顔を見て、俺は全てを悟った。
サリューネは、元から俺を勝たせる気がなく、自分好みの男を勝たせる算段をつけていたのだと。
何故、第三血統が選定の儀に名乗りを上げたのかとずっと不思議に思っていたのだが、これでようやく納得が出来た。
第三血統は、姫の護衛として他国について行く事が多い。恐らくカヌバムも護衛として、一緒に同行していたのだと思う。
他国の華やかさに魅入られていたサリューネは、一緒に行かない俺への不満から結婚にも懐疑的になった。そんな時、たまたま護衛として同行していたカヌバムの容姿を見て、今回の事を思いついた……と言った所だろう。
なんとも実に馬鹿馬鹿しい。それならそれで、婚約破棄でもなんでも勝手にすれば良いのに……。ああ、そうか。自分の言う事を聞いてくれなかった俺に対して、公の場で恥をかかせてやりたかったって事か。
今回の選定の儀の本当の意味を知った俺がグッと拳を握り締めたのを見て、サリューネは満足げに笑みを溢した。
「貴方がなんと言おうとも、この決定を覆してなんかあげないわ」
「そうか、分かった」
俺はもう何も言うまいと口を閉じ、敗北を受け入れた。
俺はこんな女の為に命を削り、この選定の儀を行ったのか。悔しいやら情けないやらで、感情がグチャグチャになっていく。
俺が敗北を受け入れた事で、サリューネは前へと歩いて行き、宰相が立っている場所の直ぐ近くに設置されたスイッチに手を伸ばした。
ガクンッという地震の様な衝撃と共に、王子達が座る段がゆっくりと横へと移動していく。そして、その後ろにある壁が音を立てて左右に開いていった。
その向こう側に見えるのは、灼熱の炎と、高温のマグマ。ドワンライト王国の守護山とも言える、活火山であるドワフーレ山から地下へと流れ出るマグマ溜まりだった。
選定の儀の結果はその場にて発表となり、敗者の作品はその場にて処分する事が定められている。
俺は自分の前にあるアーマーをガッと掴むと、前方へと歩いて行った。マグマへと向かっていく俺を、ザリュードワが慌てて引き留めた。
「ちょっ。ちょっと待ってくれ、ドラグス!えっと……」
「お兄様!口を出さないと、あれだけ約束したじゃない!」
「馬鹿なことを言うな!あれは国宝級の出来栄えだぞ。それを……」
「えっ?」
ごちゃごちゃと話をしている二人を無視して、俺は手に持つハーフアーマーを、マグマに向かって思いっ切り投げ込んだ。
「「ああぁあぁぁぁ!!!!!」」
会場内のドワーフ達からも、悲鳴が混じる大きな声が上がった。でもそんなの、敗北を受け入れた俺には関係ない。
俺は無言のまま踵を返し、親父の顔を見ない様に視線を外しながら、この部屋を後にした。