57.子供達へのプレゼント
俺の帰還パーティーではしゃぎ回った子供達は、夜の八時になる頃には力尽きて眠ってしまった。子供達を起こさない様に、順番に大部屋へと運んでいく。
幼い子供達の可愛らしい寝顔を見ながら、俺とリレーナは、子供部屋の扉をゆっくりと閉めた。
幼い子供達を運び終わると、リレーナは客室で休む事になり、カイト達は自分の部屋へと向かって行った。おやすみの挨拶を彼らと交わした俺は、ランフォルト達が作ってくれた工房へと向かって行く。
まさか工房を作ってくれているとは、思ってもいなかった。幼き頃から俺を見ているだけあって、こういう所は流石だと言わざるを得ない。
工房の中へと入ってみると、ドワンライト王国にある俺の工房と全く同じに造られていた。お陰で、違和感なく作業に没頭出来そうだ。
子供達へのプレゼントを、早く作りたくて仕方がなかった俺は、旅の疲れを吹き飛ばし、早速、頭の中に描いた設計図の通りに作成し始めた。
取り敢えず試作品を一つ作り、問題がない様だったら、ランフォルトとナーグリアを手伝わせて、数を作るつもりだ。
試作品が出来上がったのが、次の日の昼前。ランフォルトとナーグリアを呼び、試作品を元に、必要なパーツを手分けして作成して行く。三日目の朝には、思い描いていた子供達へのプレゼントが、なんとか完成したのだった。
◇◆◇
門から入って右側にある広い敷地。子供達の遊び場を作ってある場所に、俺はカイト達を呼び出した。
カイト達は、ちょこっと不機嫌そうな様子を見せている。帰って来て早々、工房に篭ってしまった俺が、気に入らなかった様だ。
でもそんな彼らの瞳は、俺の後ろに置いてある大きな布に向けられていた。あれはなんなのかと、気になって仕方がない様だ。
「これが、俺が皆んなにプレゼントしたかった物なんだ」
そう言った俺は、ガバッと布を剥ぎ取って見せた。
そこに並んで置かれている物を見たカイト達は、不思議そうな顔を見せる。そんなカイト達の横に立っていたリレーナは、パァッと明るい表情を見せた。
「マウンテンバイク!凄く懐かしいです!」
リレーナは、マウンテンバイクに向かって、駆け寄って行った。俺がカイト達に作った物は、整備されていない道でも走る事ができるマウンテンバイクだった。
イゴーヤの皮は、マウンテンバイクのあの凸凹したタイヤの代わりに最適だった。ついでにゲットしたイゴールの凹凸の無い皮は、縦に切り裂いたイゴーヤの皮の中に入れてチューブの代わりにした。
イゴールの皮を知らなかった俺は、別の物で代用する事を考えていたので、あの発見は棚ボタだったと言える。
一般的に、日本の自転車のフレームは、スチール、アルミ合金、チタンや繊維強化合成樹脂系の素材などが選ばれ、使われている。
今回俺が作ったフレームはスチール製で、割と一般的なクロモリと呼ばれている合金を使用している。日本では『クロームモリブデン鋼』と言うのが正式名称で、鉄にクロムやモリブデンなどを添加して作った合金だ。
こちらの世界にも、クロムやモリブデンと同じ素材があったので、フレームはクロモリ一択だった。
少し重量があるが、競技用ではない為、そこはそのままスルー。タイヤのサイズは、27.5インチで、背が低い俺でもなんとか乗れるサイズだ。
天気の良い日はほぼ毎日、街へと野菜を売りに行ってくれているカイト達。
日々、ランフォルトの教育を受けている彼らは、最近空間収納を取得した。その為、荷車をやめて野菜を空間に仕舞い、皆んなで歩いて行っている。
彼らが収納出来るのは、種類的には二種類まで。数は一種類につき二十個までしか、まだ持つ事ができない。だから五人で手分けして、なるべく多くの野菜を空間に仕舞い、あとは一つずつ背中に背負って持って行っている。
彼らからしたら、一時間歩く程度の距離なら、なんて事はない。だが時間が惜しいと、行き帰りを全速力で走って来るのが、俺はとても気になっていた。
朝早くから野菜を収穫。その後、街に行って売って来る。帰って来たら、残りの畑などの世話をして、あとの時間は眠るまで勉強と剣術を教わっている。
忙しそうだから俺が代わりに売りに行って来ると言っても、彼らは頑なに拒否をする。彼らは彼らなりに、俺の負担を減らそうと頑張ってくれているのだと分かってはいるのだが……。年長者だからなのか、背負い過ぎている印象がある。
彼らに馬車を買ってあげても良いとは思ったが、馬車に乗せるほどの荷物はないし、馬の世話や手綱を使った操縦など、余計な心配がついて回る。もっと手軽な移動手段は無いかと、考えた結果だった。
車やバイク、そのエンジンなどの様に、あるのは知っててもその構造がイマイチよく分からない物を作るのは無理だった。例え作れたとしても、運転出来ないし……。
でも、小さい頃から乗っていた自転車なら、高校生で死んだ俺だって80%くらい仕組みが分かっている。残りの20%は、多分こうだろうというドワーフの知識で埋めたので、遠からず近からずかもしれない。
でも、特に違和感無く走れるので、日本のマウンテンバイクを上手く再現できたと思っている。
カイト達の初めての自転車を、一般的なママチャリにしなかったのは、日本の様にアスファルト舗装された場所がないからだ。土の道でもガンガン進めるマウンテンバイクが、ベストだと思っている。
並んで置かれているマウンテンバイクを見つめているリレーナに、俺は後ろから声を掛けた。
「あの一番端に置いてある赤いのが、リレーナの分だぞ」
「えっ?私の分もあるんですか?嬉しいです!」
リレーナは早速、一番端っこに停めてある赤いマウンテンバイクの元へと走って行った。そしてスタンドを上げ、マウンテンバイクにまたがると、スイスイと走り出す。
それを見たカイト達の表情が、一気に変わった。
「凄え!!!何これ」
「えっ?これって乗り物なの?」
「やった!これ、俺達のだよね?」
「乗っても良い?」
「良いでしょ?ホダカ」
「ああ。乗っても良いぞ。そこにあるのは、カイト達の分だからな。白赤黒の三色で色付けをしたが、同じ様に見えて色の入り方が違う。それを目印に、自分の自転車を覚えてくれ」
「「分かった」」
笑顔のカイト達は、早速またがってみる。
だが案の定、ペダルを漕ごうとすると、不安定になって倒れかかってしまった。
「えっ?なんで乗れないの?」
「リレーナは、簡単そうに乗ってるのに!」
「何が悪いんだ?」
カイト達だけにマウンテンバイクを先に見せたのは、これが理由だった。
自転車自体は全員分作ってあるのだが、初めて自転車に乗る子供達に、乗り方を教える人が必要になるが、大人の数が足りない。一気に三十五人に教えられないので、上の子から順に教えて行くことにしたのだった。
自転車特訓の教師は、俺とリレーナが引き受ければなんとかなると思っていたのだが、どうやらその考えは甘かった様だ。
俺達がやっている事を、目敏く見つけた他の子供達が集まって来て、狡い!狡い!の大騒ぎを始めてしまった。
実は外に出るカイト達以外の自転車は、一般的な自転車にしてある。幼い子供達にマウンテンバイクは乗り難いと思ったからだ。タイヤの大きさもお子ちゃま用なので、小さめに作って置いた。だがそれでも、いきなり乗るのは難しいだろう。
(仕方がない。補助輪でも作ってつけるか)
ため息をついた俺は、カイト達をリレーナに任せた。そして、他の子供達と一緒に自転車を置いてある工房へと向かって行くのだった。




