51.リレーナの思い
ウォルター達を片付け、イゴーヤのいる部屋へと向かって二人は歩いていた。しかし、ホダカの後ろを歩くリレーナの表情は冴えない。
前を歩くホダカが、少し不機嫌そうな様子を見せているからだ。彼のそんな態度に、リレーナは不安を覚えていた。
話しかけたくても話しかけられない。リレーナは黙ったまま、ホダカの後をついて行った。
暫く歩いた所で、ホダカはその歩みを止めると、クルリと振り返った。そして鎖を持ってぶら下げた神紅の祈りのペンダントを、リレーナの前に差し出した。
「今度危なくなった時は、ちゃんと俺を呼べ。絶対に、助けに行くから……」
真っ直ぐに自分を見つめてそう告げた彼に、リレーナの瞳からジワッと湧き上がる涙が頬を伝い落ちていった。
自分の所為で、ホダカを危険な目に合わせたくなかった。
だけど心の何処かで、ホダカに助けて欲しいと願う自分がいた。来ないでと言いながらも、助けに来てくれた彼の姿を見て、嬉しいと思ってしまったズルい自分が嫌になる。
数日間を共に過ごし、他の人とは違い彼なら……ホダカなら信じても良いのでは無いかと思い始めていた。あんな状況の中でも、迷わず飛び込んで来てくれた彼に、リレーナの心はもう確信を持っている。
ホダカからペンダントを受け取ったリレーナは、キュッと両手で握り締める。
いつでも助けに来てくれると言う彼。今度からは彼を信じて、素直になりたい。
「はい……」
リレーナの返事を聞いて納得したホダカは、クルリと体を返して歩き出した。数歩進んだ所で、またピタリと足を止める。そしておずおずと自分の手を、後ろ手で差し出してみせた。
ホダカの大きくて優しい手。吸い寄せられる様に自分の手を伸ばしたリレーナは、彼の手をキュッと握り返した。
再び、ゆっくりと歩き出したホダカの後を、涙を拭きながら歩き始める。
ホダカに会う前からずっと、誰かを巻き込んだり、頼ったりしてはいけないと、頑なに思い続けて生きてきた。長年自分の心を縛っていた呪縛の鎖から、解き放たれた様な気がする。
二人は目的の部屋のあるエリアへと向かって、歩いて行った。
◇◆◇
歩き続けていた俺は、チラリと後ろを見る。
まだ少し涙で濡れるリレーナの瞳に、罪悪感を覚えた。少し俯き加減になった俺は、繋いだままだった手を、ゆっくりと離して立ち止まった。
「……さっきは、苛立ってごめん」
「いいえ。ホダカさんは悪くないです。私が悪くて……。ホダカさんを巻き込みたく無かったんです。ウォルターは、Bランクの冒険者なので……」
「……えっ?あれでBランクなのか?」
俺は思わず、後ろを振り向いた。
コクリと頷きを返したリレーナの返答に、俺は茫然とした。
(かなり弱いイメージだったけど、あれでBランクになれるのか。……あれ?まさか俺って、この世界ではかなり強い方なんじゃ……)
俺の作った武器が最強なのは当然としても、俺の戦闘力がどれほどのランクに位置しているのかは知らなかった。
元々、ドワンライト王国でも、力は強い方だったが、世界基準となると不明だ。
Bランクと言うと、ゲームの世界ではレベル的には60前後。ゲームの中盤あたりの強さではあるが、割と強い方だ。
あれがBランクなら、俺はもっと上な筈。
今度ギルドにでも登録して、どれ程の腕なのか調べてみるのも悪く無いかもしれない。
「リレーナのランクは?」
「私はまだDランクなんです」
「へえ。……成る程な」
呆れ顔を見せた俺は、再び前を向いて歩き始めた。
ゲームでもそうだが、パーティーを組むのなら、レベルが大体同じくらいの人達で揃えるのが一般的だ。極端に弱いメンバーは、速攻で入れ替えるのが普通だろう。
ウォルターとガンスは、ウォルターの方が強かったが、そこまで力の差があった訳では無い。だが、リレーナを含む女性達は、明らかに彼らのレベルからしたらかなり格下の印象を持つ。
自分達に従う様にと、わざとランクの低い女性達を狙って仲間にしていたのだろう。
やはり胸糞が悪い連中だと、再認識するのだった。
「そう言えばリレーナは、アイツらに会う前は、ずっと一人で旅をしていたんだっけ?エルフの女の子にしては、随分珍しいと言う印象なんだが……」
「はい。ずっとエルフの里で暮らしていたんですが、少し問題があって……。それで、里を出て来たんです。ギルドの仕事を請け負いながら、一人旅を続けていたのですが、それから暫くして、ウォルター達に出会ったので」
「そうなのか……」
エルフもドワーフと似ていて、他種族をなかなか受け入れ無い。だからこそ同じ種族同士、協力して生活をしている。
その為、個で動くより群れで動く種族であると言うイメージが、俺の中では強い。
そんなエルフが……しかも女の子が、里を出てたった一人で旅をしていると言うのは、余程の事があったのだと考えられる。リレーナ自身が、一人での旅に不安を持っている事からも、それは明らかだった。
その問題と言うのが気にはなったが、触れるのはやめておいた。誰にでも、知られたくないと言う事は、あると思うからだ。
(リレーナの可愛さから言って、雄同士の嫁の取り合いか何かに巻き込まれたとかかな?確信は無いが、多分好い線いってると思うな)
一人で勝手に納得をした俺だったが、この予想は思いっきり的外れだったと、のちに知る事となる。
リレーナの一人旅の理由は、この後のエリアで起きた、意外な事から発覚。めちゃくちゃ驚く事になったのだった。




