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32.聖魂作品

 シーンと静まり返った室内で、ランフォルトがゆっくりと口を開いた。


「……サリューネ様も、この判決を若君が聞けば、絶対に反対してくれると分かっていたのでしょう。判決の後、彼を呼び戻して欲しい。刑の執行はそれからにして欲しいと、ずっと叫び続けておりましたので……。ですが、誰一人その言葉を聞く者はおりませんでした」

「何故だ。刑の執行は、俺を呼び戻してからでも、遅くはなかった筈だ。なのに何故、先に刑を執行した!」

「……若君がこの事を知れば、その様に反対なさる事を、陛下も分かっていたからだと思います」

「陛下が……」


 全ては陛下の決断だった。第一血統と第二血統の独立を食い止める為には、我ら(王族)は国の為ならば、此処までするのだと言う強い意志を、態度で示さなければならなかった。その為には、今回の騒動を引き起こした張本人、サリューネへの厳罰が不可欠となる。


 だが、サリューネに対して甘い俺がこの事を知れば、間違いなく減刑を求めてくる。被害者本人たっての願いならば、了承せざるを得なくなってしまう。


 いくら俺が望んだとはいえ、元凶であるサリューネへの刑罰が王位継承権の剥奪のみとなり、カヌバムだけが破紋となれば、第一第二血統のみならず、第三血統の中からも少なからず不満が出て来る事だろう。

 だからこそ陛下は、俺に知らせる前に刑の執行をさせたのだ。


 言いたい事は分かるし、理解も出来る。だがそれでも、サリューネの破紋に関しては、やり過ぎだとしか思えない。俺が国に残ってさえいれば、もっと他の道があったのでは無いかと後悔してしまう。俺をとても可愛がってくれていた亡き王妃、サレーナ様に合わせる顔がない。


 そんな俺の心の気持ちを読み取ったランフォルトは、全てを知った俺へと託された、陛下からの言葉を伝えた。


「『ドラグスの魂を無碍にした愚かな娘に、弁解の余地はない。我々は、サリューネを甘やかし過ぎたのだ』……これが、若君に伝えて欲しいと、陛下よりお預かりしたお言葉になります」


 甘やかし過ぎた……。この言葉の我々には、王族のみならず、俺や周りの者達も含まれている。反省すべきは、サリューネだけでは無い。こんな事を起こすほどに甘やかしてしまった、俺達全員の責任なのだ。


 通常の純ドワーフは、千年近く生きる事ができる。しかし、殆どの純ドワーフは、二百年から三百年程でその生涯を終える。それはここぞと言う時に、魂を込めた作品を造るからに他ならない。


 ドワーフはその生涯の中で、自分の持てる全ての力を駆使して作品を作る事がある。それは魂のこもった作品、聖魂(せいこん)と呼ばれる特別な作品だ。


 自分の寿命を魔力に変換して作品に打ち込む事で、通常の作品よりも能力や仕上がりが格段に上がる。この世に二つとない特別な作品となるのだ。最高の聖魂作品を作り出す事が、ドワーフにとっての誇りであり、生き様でもある。


 選定の儀で俺が作ったハーフアーマーは、まさしく俺の魂を打ち込んだ聖魂作品だった。恐らく、俺の百年分の寿命が、あの作品と共に消えたと思う。

 陛下はサリューネが、ドワーフの誇りとも言える聖魂作品を蔑ろにした事を、とても重く見たのだと言える。


「陛下のご判断を受け、第一血統の御三家当主様方は、ドラグス・グラフォイドに下した家名返上及び、国外追放処分を取り消されました。若君。どうか、国にお戻り下さい」

「それは……」


 直ぐに決断しない俺を見て、ランフォルトの表情が曇った。


 もし此処にいるのが国を出たばかりの俺だったら、どうだっただろう。御三家が処分を取り消してくれたとしても、自身のプライドから二の足を踏んだに違いない。とは言え、陛下が俺の為にそこまでしてくれたのならと、気持ちを抑え、急ぎ国へと戻っただろう。

 しかし今の俺には、守りたい者達がいる。戻れない……いや、戻りたく無いとすら思える。


 無言の時間を過ごす俺達の元に、ナーグリアが歩み寄って来た。


「お話中、失礼致します。若様。どうか、私からもお願い申し上げます。国はまだ、混乱が続いております。若様の帰還が果たされない限り、それが治る事はないでしょう」


 俺に直接、自分の意見を伝え始めたナーグリアに、ランフォルトが不快感を示した。だが、直ぐに顔を俺に戻す。

 不敬だと分かっている筈なのに、それでも声をかけて来たナーグリアの気持ちを汲んだ事もあるが、自分だけでは俺の説得は不可能と判断したのだろう。

 何も言わないランフォルトを見て、ナーグリアが言葉を続けた。


「今現在。ドワンライト王国内では、全ての第三血統並びに第四血統のドワーフ達が、迫害の対象となっております」

「な、なんだと!馬鹿な。何故ドワーフ同士で、そんな事になっているんだ」

「あの事件があったからでございます」


 ナーグリアが、語気を強めた。そして、ギュッと拳を強く握る。


「選定の儀の後、彼らが馬鹿騒ぎをしていた姿を、私達はずっと見ておりました。そして、そのお祭り騒ぎの中で、貴方様が国から出て行く後ろ姿を、皆が見届けたのです。私達の宝とも言える貴方様のあの様なお姿を……。死ぬ事よりも辛い屈辱を、私達は味合わされたのです」


 ボロボロと悔し涙を流すナーグリアの姿に、俺は何も言えなくなった。ソファーへと座り直し、小さく項垂れる。ナーグリアは、力無く言葉を続けた。


「第三血統や第四血統のドワーフの全てが悪いとは思っておりません。ですが、どうしても許せないのです」


 血統を重んじるドワーフにとって、あの一件は本当に許せない出来事であった。特に第二血統の彼らにとって、第一血統は敬う存在だ。その存在が馬鹿にされ、国を追い出されたと言う事実が、どうしても受け入れられないのだろう。


 それでなくても、第二血統は第三血統に対して、元々あまり良い印象を持って居ない。ドワーフ同士の為、普段の生活で嫌な態度を見せる事はないのだが、心の奥底では恨んでいる。それは、ドワーフの血の因縁がついて回っているからだ。


 第二血統は自分の血統の中に、必ず第三血統の血が混ざっている。それこそが、自分を第二血統へと落としめた血となる。一度でも第二血統になってしまうと、その血筋が第一血統に戻る事は永遠に無いと言われている。純ドワーフには、一生戻れないのだ。


 血統に対して強い思い入れがあるドワーフが、何故第三血統を作り出すことになったのか。それは、ドワーフに女の子が生まれ難いと言うことが関係している。

 何百年も生きていれば、ずっと相手がいなかったドワーフが、他種族の者と恋に落ちても不思議では無いだろう。だがその判断は、こうやって今でも遺恨を残す結果となってしまっている。


 そんな背景も有り、今回のこの騒ぎは、ちょっとやそっとの事では、収まりがつかなくなってしまっているのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 国王陛下、容体が良くないのに実の娘に重い処罰を課すという判断をされて凄いです。 国を守るために必要だったとはいえ、恐らく可愛がって甘やかしていた娘を断罪するのはとても辛かったのではないでし…
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