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29.微妙な違い

 ナーグリアは馬車の後ろへと走って行き、直ぐにカイト達の拘束を解いた。ようやく自由の身となったカイト達が、ホダカの近くへと駆け寄って行く。


「お前達、大丈夫か?怪我は無いか?」

「うん。大丈夫。ちょっと疲れただけ」

「ねえ、ホダカ。この人達と知り合いなの?」

「ああ、まあ知り合いではあるな。コイツがランフォルト・グラザードだ」

「えっ?ランフォルト・グラザードって、この土地の領主様の名前なんじゃ……」

「ええ!そんな人を殴っていいの?」

「それって駄目なんじゃ……」


 驚き戸惑うカイト達に、ホダカが首を傾げた。


「あれ?言ってなかったっけ。ランフォルトは、俺の養育係兼世話役をしていたんだ。そしてそっちのナーグリアは、ランフォルトの世話役をしている」

「えっ?この人、ホダカの養育係の人なの?」

「ええ!この偉い人が?」

「じゃあ、ちょっと待って。ホダカって、この偉い人よりも偉いって事?」

「ええ!!どうなってんの?」


 子供達はパニックを起こしていた。何も伝えていなかったのだから、当然かもしれない。

 年齢的な問題で、ドラグスがまだ正式には一人前と認められていなかった為、ランフォルトはドラグスの養育係と言う肩書きしか持っていない。だが将来的には、最側近として仕えることが決まっている男だ。


 大人しくカイト達とホダカの会話を聞いていたランフォルトは、恐る恐るホダカに声を掛けた。


「あの……。すみません、若。この子達の言うホダカと言うのは……若の事なのですか?」

「ん?ああ、そうだ。国を追放された俺が、ドラグスの名前を名乗り続ける訳にはいかないからな」

「……その事なのですが、少しお話があります」

「話?」

「はい。その為に私は、当主様から直々に、国を出て若をお探しする許可を頂いたのです」

「親父が許可を出したのか?珍しいな……」


 グラフォイド家の当主と言う立場を持つ父は、自分の血統の者達に外出の許可を出したりはしない。国が請け負った、他国での建物などの建設でも、かなり渋る位だ。しかもランフォルトはこう見えて、第二血統の中でも最高位に位置する家の長男だ。グラフォイド家を代々支えてくれている大切な家である為、普段なら余計に外に出したがらない。


 そんな彼を国の外に出してまで伝えなければならないくらいの話ならば、よほどの事なのだろう。ホダカは、話の内容に少し興味を持った。


「それで?話とはなんだ」

「少し話が長くなりますので、何処か別の場所に移動をしたく思います」

「長い話か……。それじゃあ、聞きたくないな。帰っていいぞ」

「若ぁぁ!!!」


 ランフォルトを置いて村へと帰ろうとするホダカの背に、ランフォルトがしがみつく。


「離せ、ランフォルト。鬱陶しい!」

「そんな!酷いです、若。私は四ヶ月もの間、ずっと若を探し続けて来たと言うのに。労いの言葉一つ、頂けないのですか?」

「そんなこと、俺には関係ない。お前が勝手に、俺を探しに来ただけだろうが!大人しく、さっさと帰れ」

「嫌です!私は若と一緒にいます!」

「ふざけるな、帰れ!だからお前に、居場所を知られるのは嫌だったんだ」


 ホダカはブツクサと文句を言い続けた。

 幼き頃からずっと側に居るランフォルトは、ドラグスに対して異常なまでの執着を見せる。何処に行くにもついてこようとするし、何も伝えずに出掛けただけで大騒ぎをする。とても鬱陶しい、粘着質の性格の持ち主なのだ。


 ドラグスが国を出る時、ランフォルトがいると面倒な事になるだろうと、前日から地下牢にぶち込んでおいたのは正解だったと、今でも思う。


「そんな事よりも、まずお前は子供達に謝れ」

「えっ?この人間達にですか?……私が?」

「悪い事をしたら謝る。当然の行為だろ」

「捕縛したのはナーグリアです」

「お前が命じたんだろ?だったら、お前の責任だ。早く謝れ!」

「……大変申し訳ございませんでした」


 ドラグスに言われては逆らう事ができない。人間嫌いのランフォルトは渋々謝罪をする。

 状況がいまいち飲み込めないカイト達だったが、彼がホダカの知り合いならばと頭を下げる。


「いいえ。俺達の方こそ、ホダカと間違えて抱きついたりしてしまってすみません」

「ん?俺とコイツを間違えたのか?」

「うん。だって、後ろ姿がそっくりだったから」

「えっ?」


 カイト達の思わぬ言葉に、ホダカはしばし茫然とする。しかし直ぐに意識を取り戻し、反論し始めた。


「似てない!全然、似てない!ほら、見てみろ!」


 ホダカは、自分の横へとランフォルトを立たせた。そして後ろ姿をカイト達に見せる。


「こうやって並べば分かるだろ。ほら、全然違うだろ!」

「……あんまり違いが分からないよな」

「うん。顔を見れば分かるけど、後ろ姿はそっくりだよな……」


 やっぱりそっくりだと、カイト達は再認識する。彼らの反応に、ランフォルトが何度も頷きを見せた。


「この人間の子供達は、優れた慧眼の持ち主ばかりですねぇ」


 ドラグスと似ていると言われたランフォルトは、とても上機嫌で嬉しそうな顔を見せる。それを見たホダカは、プルプルと拳を震わせた。


「全然似ていないだろ。よーく見てみろ!」


 ホダカはランフォルトの背に自分の背を合わせると、ピンッと胸を張った。


「俺の身長は150.1センチで、ランフォルトの身長は149センチだ!俺の方が1.1センチも背が高いんだぞ!」


 少しでも身長を高く見せようと、顎を上に向けて空を見るホダカ。しかしそれでも、カイト達は首を傾げる。


「ホダカの方が高いか?」

「うーん。正直微妙だよな。1.1センチの違いなんて見ても分からないし」

「そうそう。誤差の範囲って感じだよな」

「ってか、0.1センチまで申告してくれなくても良いのにな」

「だよな。それって多分、髪の毛の分だと思うし」


 うんうんと頷きを落とし合うカイト達に、ホダカがバッと顔を向ける。


「なんだとぉ!!!」

「うわっ。ヤバッ!」

「マズイ!逃げろ」


 カイト達は村に向かって走り出した。その後を、ホダカが走って追う。あっ!と思い出したホダカは、足を止めて後ろを振り向いた。


「ナーグリア。その魔物を村に運んでくれ」

「承知致しました、若様」


 了承を得たホダカは、もう一度カイト達の後を追う。彼らは、村の入り口にある立派な木製の門を開けて、潜っていった。


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