15.大天使リュイス
上手く切る所が見つからなかったので、いつもより長めです。二話分くらい。
(ごめん……。君を助けてあげられなくて、本当にごめん。俺に力があれば……。逃げるだけじゃなくて、もっとちゃんと君を助けてあげられたのなら……)
消え去っていく意識の中、後悔を口にした俺は、ハッとしたと同時に目を覚ました。
辺りは深い森の中。寝転がったままの俺は、木々の間から見える空をボンヤリと見上げていた。
(俺は助かったのだろうか……)
体を動かして見ると、全身に鈍い痛みが走る。車に体当たりしたのだから、痛みがあるのは普通……。あれ?車?
体を起こした俺は、もう一度辺りを見回して見た。
ここは山の中だ。そして、俺の腹にはしっかりと縛られたロープと、左手に握るグノマル鉱石。
「確か俺……崖から落ちた?」
もう一度見上げて見ると、近くの大木に俺の腹のロープが繋がっている。よくよく見てみると、ロープを結んだ木が、地面から生えている大きな木の途中に引っ掛かっている様だ。
あの高さの崖から落ちても生きているだなんて、俺の体は凄いな……と感心してしまう。取り敢えず、空間からナイフを取り出して、腹にガッチリと結ばれているロープを切った。そしてもう一度、ぼんやりと空を見上げた時だった。
「おっはよ!誉鷹。お目覚めかな?」
突如として俺の目の前に、金色の光の玉が発光しながら現れた。この陽気な声には覚えがある。
「お前、リュイスか!!」
「ピーン、ポーン!大正解!!」
クルクルと回ってはしゃぐ金色の玉は、ポーンッと音を立て、金髪で可愛らしい男の子の姿をした、手のひらサイズの小さな天使へと、その姿を変えた。彼を認識した俺は、もう一つの記憶を思い出していく。
この目の前にいるのは、大天使リュイス。彼は輪廻転生を司る神が生み出した天使だ。俺は死んだ後、天界でこいつに会った。そして、俺を転生させてくれると言い、その力を使ってくれたのだ。でも……。
「えっ?……なんでドワーフ?」
記憶を思い出した俺は、直ぐに転生したのだと理解は出来たが、どうしても納得がいかなかった。
確かリュイスは、俺の願い通りに転生させてくれると言っていた。それなら俺は、長年のコンプレックスだった身長の低さを解消して、長身のイケメンに生まれ変わっている筈だ。
だが何度見ても、俺の体はドワーフでしかない。まるっきり正反対な姿での転生に、怒りすら覚える。
「これはどう言う事だよ、リュイス!約束が違うじゃないか!」
「ええ?どこが?」
「これ見ろよ!」
俺はガバッと立ち上がった。リュイスは、クルクルンッと俺の体の周りを飛ぶ。
「えっ?何が悪いの?」
「なんで転生したら、ドワーフになるんだよ!!これのどこが、俺の願い通りの姿なんだ。普通、長身のイケメンになる筈だろ」
「えっ?だって誉鷹は、死ぬ時に願ったでしょ?俺に力があれば……って」
「だからって、なんでそれがドワーフになるんだよ。イケメンに、最強チートを持たせれば済む事だろ」
こんなの、絶対にあり得ない。力が欲しいって希望が、どうしてドワーフに直結するんだ。勇者とか大賢者とか、他の選択肢は山ほどあった筈なのに。非モテ男子にとって、容姿端麗、最強チートの二点は、転生時に外す事はできない絶対条件だと思っている。
「うーん。多分、ドワーフが誉鷹に一番ピッタリだって、転生診断が出ちゃったんだろうね。僕が転生する者に与えられるのは、本人が一番強く望んだ願いを叶え、その人の生前の趣味や特技を活かせる人生なんだぁ。違う情報で作ると、誉鷹と言う記憶が完全に消滅しちゃうんだもん。そうなったら、僕の事も忘れちゃうでしょ?そんなのつまらないもん」
リュイスは、小さなホッペをプックリさせて、少しふて腐った顔を見せた。ってか、つまらないもん、とか言われても困る。
俺の新たな人生に、リュイスの個人的な感情なんてものは邪魔でしかない。俺の求める物は、モテモテハッピーセカンドライフなのだから。
「俺、身長が低いまま止まった事が凄いコンプレックスだったのに、なんで前より縮んでいるんだよ……。こんなの詐欺じゃないか」
「うーん。普段の誉鷹なら身長だったんだけど、死んだ時に一番強く願ったのが力だったんだからしょうがないよね。でもさ。ドワーフって、とっても力が強いよ!」
まあ確かに、ドワーフだから力は強い。でも俺の求めていた物とは少し違う気がする。そうじゃないんだよ!って、今にも泣き出したい気分だ。
「ドワーフだから力は強いし、趣味は生かされているし、文句なしだよね!大好きな世界を楽しめるでしょ?」
「……趣味って?」
「部屋の棚に飾ってあった、沢山の石の事」
一体なんの事なのかと思ったら、俺の生前の趣味であった石集めの事を指しているらしい。だから俺、鉱石集めにルンルン気分だったのか……。
素材集めが好きで力が強い……と言う、情報と願いからのドワーフ適正だった訳だ。理解は出来るが納得は出来ない。ムカッとした俺だったが、ふとリュイスのもう一つの言葉が気になった。
「大好きな世界って、どう言う意味?」
「実はね。誉鷹が好きだったゲームの世界って、実在するこの世界の事なんだ。そのゲームのシナリオを書いた人が、元々この世界で死んだ転生者でね。こっちの世界のことを使ってゲームを作ると言う仕事をしていたって訳なんだよ」
「えっ?マジで?俺の好きなゲームって、もしかしてエンド・ドラゴン・エターナル・ファンタジアか?」
「ああ、そうそう。そんな長い名前のやつだったと思うよ」
「マ、マジかよ!本当に?此処がその世界なのか?」
俺の顔は怒りを忘れて、パァーッと明るい表情に変わっていく。小学校五年生の時に入手したゲーム。世界観に物凄く嵌まって、ずっとやり込み続けていたゲームだ。
「俺は勇者になるのか!魔王ゴウザムボードを倒すんだろ?ドワーフ勇者なんて、斬新だよな!」
期待に満ちたキラキラとした瞳を向けた俺に、リュイスはキョトンッとする。
「えっ?魔王ゴウザムボードなら数百年前に、勇者達の手によって倒されたよ?」
「えっ?倒されちゃったの?」
俺は茫然とした。ドワーフ勇者が活躍する物語になる筈だったのに、宿敵となる魔王が居ないとは……。大好きなゲームの世界だって言うのに、やる前から他の人にクリアされているだなんて酷すぎる。魔王を先に倒してしまった勇者に対して、ちょっと怒りの気持ちを持った。
「そうだよ。それで、平和を取り戻した勇者が死んで、転生を迎える時に希望したのが異世界だったんだ。記憶は封じてあったんだけど、誉鷹みたいに途中で思い出しちゃったんだよね。そこで、その記憶を使ってゲームのシナリオを作ったって事」
「ん?……それじゃあ、原作者の宇波原さんが、この世界の勇者だったって事なのか?」
「うん、そうだよ」
「うおぉ!!!凄えぇ!!!!」
俺は歓喜の雄叫びをあげた。大好きなあのゲームの極秘情報を入手したのだ。ファンには堪らない制作秘話だ。あのゲームがあまりにも好きすぎて、原作者の宇波原さんにファンレターを送った過去もある。
『この世界を、好きになってくれてありがとう』って返事を、直筆で書いて送ってくれた俺の憧れの人。あの人が、この世界の本物の勇者だっただなんて、感動でしかない。
彼が勇者だったと知った今、あの返事の意味が少し違く感じる。作り出された空想の世界ではなく、現実の世界。彼が命をかけて守り、全力で駆け抜けたこの世界は、今でも俺の心を掴んで離さない。
「俺をこの世界に送ってくれて、ありがとうな、リュイス」
「どう致しまして。さて、そろそろ僕は帰るよ」
「もう帰るのか?」
「うん。仕事の傍ら、誉鷹の生活を眺めて楽しむよ」
「プライバシーの侵害だけはするなよ」
「ふふっ。お年頃だねぇ、誉鷹。見られちゃ困る物とか場面の時には、なるべく見ないようにしてあげる。それじゃあねぇ」
小さく手を振り、クルンッと回転したリュイスは、パッと消え去った。